ロストワン

リブクラ / デンクラ / pixiv ※死ネタ・R18表現あり

 腰を乱暴に打ち付けると、それまで極力静かだった彼が初めて小さく声を漏らした。ベッドに沿って蠱惑的な曲線を描く背中が、うっすらと桜色に上気していく。つながっている部分がぐぷぐぷと厭らしい音をたてる度に、今この狼を抱いているのは自分なのだと実感できるから、彼は何度も何度も中に出すのが好きだった。
「気持ちいい?」
 枕に顔を埋めるようにしていた狼は、彼の問いかけにしばらく時間をおいてから、荒い息の間に滑り込ませるように「いい」と答えてくれた。ちらとこちらを向いた蒼い瞳がとろんと溶けている。本当に気持ちがいいのだろう、口を閉じることも忘れているのか、口の端から飲み込みきれなかった涎が零れていた。だが、声は出ない。
「声、出していいのに」
「……っん、こえ?」
「うん。——っ、クラウドの、こういう時の声。おれも聞きたいな」
 ね、と背中を舐め上げてやったら、途端に抜けるような甘い声が、彼の鼓膜を心地よく震わせる。
「そう、……あと、名前も、いい?」
 奔放な嬌声が、灯りを落とした部屋に響く中、喘ぎ声とはまた違う、意味のある単語が混じり始める。それはお願いしたとおり、彼の名前だった。
「——っあ、デンゼル、……デンゼルぅ、」
「は、……ふ、クラウド、かわいい」
 自分の本能に突き動かされるまま、デンゼルは安いモーテルの中、クラウドの身体を貪り続ける。家族なのに、なんていう拒絶はしないし相手からもされない。その壁はデンゼルが崩すまでもなく、初めから存在しなかった。

 ——クラウドが心をなくしてから半年が経つ。
 初代WRO局長が『不慮の事故』で命を落としたその次の日から、彼の心は死んだ。
 そうと気づくまでに二ヶ月がかかった。というのも、クラウドは普通に見えたからだ。葬儀では悲しみ、守れなかった自分を責めた。最初の一ヶ月は酷く無口になっていたが、皆に支えられ、二ヶ月目にはごく普通に接してくれるようになった。
 だが、彼は立ち直ってなどいなかった。元より悲しんでもいなかったのだ。
 クラウドは心を無くしていた。
 誰かが話しかければ応じるし、冗談には笑い、客には礼を言い、変な因縁を付けてくる悪党には怒る。だがそれは、今までの経験の中から、様々なその場の要素を組み合わせて、それに合わせた反応を返しているだけにすぎなかったと解ったのは、デンゼルが葬儀後初めて、休暇で店に戻った日のことだ。
 ティファに言われて、クラウドを起こしに行ったデンゼルは、寝床の中にいるクラウドが、既に目を開けていること——そして、デンゼルが声をかけた途端に、まるで今起きたばかりのような反応をしたところを、偶然見かけてしまったのだ。休みの日は誰かに起こされるまで起きない、それを忠実に守ろうとしているかのように。その日から、今まで気にならなかった違和感がだんだんとデンゼルの目につき始め、疑念は確信に変わった。
 それからデンゼルは色々なことを試した。話しかけたし、頻繁に外に連れ出した。できるだけ店に戻るようにして、時間があったら手伝うようにした。だが、クラウドは元に戻らなかったし、今もそうだ。誰かの反応がないと動けないし動かない。
「アイツの中身は、リーブが連れてっちまった」
 四ヶ月目のある日、珍しく店に来ていたバレットはそう言った。彼ら家族はもうそのことに気づいていた。
「クラウドの方が、ついてっちまったのかもしれねぇけどな」
「新しく、好きな人ができれば別なのかもしれないけど……」
 ティファが切ってしまったその先は、その場の誰もが考えていた。もうそれすらも、クラウドにはできないかもしれないのだ。
 それは嫌だと、デンゼルは思った。身体は死ねないのに心は死んだままなんて、それじゃあただの人形だ。とてもよくできた人形でしかない。
 デンゼルはすぐに行動した。クラウドが動けないなら、こちらが動けばいいのだ。いや、こちらが動くしかない。
 ——壁は崩すまでもなかった。

 組み敷いたからだが強ばり、震え、そして弛緩する。力なくベッドに横たわったクラウドの胎内から自身をゆっくりと引き抜くと、デンゼルは荒い息を繰り返す身体を抱き締めた。
「クラウド、大丈夫?」
「……大丈夫……」
「寝てて良いよ。後はおれがするから」
「……うん」
 おやすみ、と言うと、おやすみ、と掠れた声が返ってくる。数瞬もしないうちに、とろんとクラウドの瞼が落ちて、穏やかな寝息が聞こえてきた。
 ——いつも、いつもこうだ。クラウドはデンゼルが言わないと声も出さないし、名前も呼んでくれない。こういうことを「家族」としたことがないからだ。だが、こういう事自体はしたことがあるから、反応はする。それが、とても悲しい。
 デンゼルは、白髪が混じる気配のない金の癖毛を撫でてやると、力が抜けきった体を抱き上げてシャワールームに向かう。
「……昔は逆だったのにな」
 その呟きは、安宿の壁に吸い込まれていった。

三度の飯が好き

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