未満の絆

バレクラ / pixiv

 その習慣はひょんなことから始まった。
 宿屋ではよくベッドの数が足りなくなる。大人数で旅をしているとよく遭遇する話だ。そして、必然的に人数の多い男部屋で持ち上がる話でもあった。
 当然、足りない部屋では一つのベッドに二人が寝ることになる。そこで彼らは翌朝に疲れを持ち越さない、かつ、ヒビや亀裂が入らない、理想の組み合わせを審議した。あらかじめ決まっていれば、その後部屋割りで揉めずに済むからだ。
 そして協議の末、ベッドが足りなくなった時にまず「セット」にされることになったのが、意外とでも言うべきか、バレットとクラウドの二人だった。理由はよくわからない、後半には若干の実力行使も混ざっていたような記憶もある。しかしそのときの選択は間違ってはいなかったのか、その二人の組み合わせは、今の今まで解体されたことはなかった。

「——なんだったっけか? 理由」
「なにが?」

 唐突にその部分だけ口にしてしまったものだから、寝間着用のシャツに着替えていた風呂上がりのクラウドが、疑問符をいっぱいに浮かべた顔を向けてきた。完全に気が抜けているのかそれとも眠いのか、野郎の割に大きな目がいつもの半分ほどしか開いていない。
「何の理由?」
「この組み合わせだよ。ずっと前に決めたろ、ベッド足りなくなったらオレら二人。……それ以外もこの二人だけどよ、惰性で」
「ああ、そういえば」
 シャツを着終わったクラウドは、バレットが持ち上げてやった布団にのそのそと入りこんできた。石鹸の香りがふわりと鼻をくすぐる。
「覚えてないのか?」
「忘れちまった。——もうちょっとこっち来い、落ちちまうぞ」
「ん」
 ふわふわと軽やかに跳ねる金髪が胸に埋まった。金髪はしばらく寝良い体勢を探してもぞもぞしていたが、やがて落ち着いたのか動きを止める。明かりを落とし、布団を引き上げ緩く腕を回したら、ふうー、と溜息に似た安堵の吐息が聞こえた。この体勢にも今はもうすっかり慣れっこだ。
「……俺が誰でも良いって言ったんだ、確か」
 ややあって、クラウドの口から聞こえてきたのはそんな言葉だった。
「そうだったか?」
「そう」
 ——そういえばそんな気がしないでもない。
 バレットは数ヶ月前の記憶を掘り起こす。その記憶の中で、クラウドがそんなことを言っていた。誰は嫌だ、こいつとはやめてくれといったリクエストが飛び交う中で、「俺は誰でも良い」と言ったのだった。
「そしたら、あんたと一緒になった」
「あー、思い出したぜ……」
「いびき」
「イビキな」
 バレット本人にはどうしようもないことではあるが、熟睡しているときのいびきが他の皆には大不評だった。しかも寝入りが早いため、タイミングがずれると長いことそれに——皆に言わせると「騒音」に——つき合わなければならない。
 だが、クラウドだけは長いこと一緒にいるせいなのか、それとも鈍感なのか知らないが、特に気にしていなかった。そしてセットにされるようになっても、文句を言われたことはない。本当に気になっていないのか、それともリーダーとして自分に気を使っているのかふと確かめたくなったバレットは、腕の中でもうすでにうとうとし始めているクラウドを見下ろした。
「うるさくねえのか」
「……おれのほうが早く寝るから」
「確かにな、もう半分寝てるしな」
「……ねたい」
「わぁったわぁった、話は終わりだ」
 すまんと背中を軽くたたいて会話を締め、バレットもまた目を瞑る。明日は海底だ。まず間違いなく疲れる一日になるだろうから、少しでも体を休ませなければならない。
「——バレット」
 だが、寝たいと言った本人から名前を呼ばれ、バレットは目を開けざるをえなかった。
「何だよ、寝たいんじゃねえのかよ」
 本当に不思議なヤツだなと視線を下に向けたら、それまでつむじしか見えなかった視界に、仄暗い部屋の中でもそれと解るほどに青く煌めく瞳が飛び込んできて、思わず息を呑んでしまった。眠気に負けてほとんど閉じているようなものだが、金の睫から僅かに零れるその瞳孔は、いつ見ても天然の色にはない、不可思議な魅力を湛えている。
 魔晄の瞳の持ち主は、ほとんど舌が回っていない声で言った。
「とうさんみたいだから」
 それは先ほどの問いの答えだった。予想外の言葉に二の句が継げないでいると、薄く開けられていた目が今度こそ閉じられて、すー、と穏やかな寝息が聞こえてくる。
「……何なんだよ」
 本当に意味の解らんヤツだと、バレットは妙な汗が滲んできた顔を手のひらで拭う。
「マジで何なんだよ……」
 てめえの親になんかなったつもりはねえぞとごちて、今度こそ寝ようと目を瞑る。
 だが、いつもならすぐやってくる眠気は、なぜかなかなか来てくれず、よくわからない寝苦しさと真夜中近くまで格闘することになったのだった。

三度の飯が好き

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