大人と狼

リブクラ / pixiv

 WRO局長は狼を飼っている——というのは、WROに出入りする人間であれば、一度は耳にする噂だ。そして噂というものは一人歩きをするものである。それが権力者のものであるなら尚更で、リーブが飼っている狼の噂は、かなりのバリエーションを持って広まっていた。
 色は黒だの白だの、灰色だのから始まり、曰く、怪我をしていたところを拾ったとか、更に曰く、襲われたところを逆に手懐けたとか。はたまた、狼ではなく魔物であるとかいう噂も出てきていた。
「——どうしてそう荒唐無稽な話を思いつけるんだ」
「想像力のなせる技ですね。当たらずとも遠からずなものもありますが」
 すると、ベッドの上に寝そべっていた青年が「どれだよ」と抗議の声を上げた。
 あれほど風呂上がりにはちゃんと寝間着を着ろと言っているのに、彼はまるで聞く耳持たず、素肌に布団を纏わせただけだ。投げ出された肢体はシャワーを浴びたばかりのせいかほのかに上気していて、リーブの視線を誘って止まない。
「手懐けているのは間違いないでしょ?」
 衝動に任せて内ももに手を滑らせたら、んっ、と微かな声が漏れ聞こえた。不機嫌そうだった瞳がわずかに情欲を含み、頬にも朱色が差していく。
「俺が懐いたんだ。あんたが手懐けたんじゃなく」
「そういうことにしておきましょうか」
 無防備な身体の上に覆い被さると、薄く開かれた唇を塞いだ。舌を絡めて歯列を撫で、存分に堪能した後は、喉、鎖骨、胸へと愛情を散らす。互いの息が荒く、熱くなるにつれ、行為は激しさを増していく。
「乗り気ですね」
 不意にゆらりと持ち上がり絡まってきた両腕を見て、茶化すようにそう言ったら、淡い金髪から覗く黄金色の獣の耳が僅かに伏せられた。
「……だって、久し振りだから」
「我慢できない?」
「できるわけないだろ」
 強請るように薄く開かれた唇から、ちらりと犬歯が覗く。誘われるままにまたキスをすると、首に回された手がするりとリーブの背中を撫でた。
「あんただってできないくせに」
「……ずいぶん生意気言うようになりましたね」
「躾直すか?」
「それは追々」
 今はこっちが先ですよと晒された喉を舐め上げると、満足そうな艶声が挙がると同時、リーブの太股をさわりと豊かな尻尾が撫でていった。

***

 ——実際、彼は狼だった。
 正確に言うと、狼の器と人の器を持った種族の出だ。二つの器を持っている種など、世界の半分は占めているし別段珍しくもないが、とある惨劇のせいで希少な狼がさらに少なくなったため、実際は保護されて然るべき血統だ。救星の英雄ともなれば尚更WROで確保するべきなのだが、クラウドともう一人の狼の眷属はただごく普通に生きていくことを望んでいたし、リーブもそれを尊重していた。
 先の噂も、クラウド本人に余計なものが向かないよう、リーブが恣意的に操作しつつ放置しているものだった。本人のイメージからかけ離れたものであればあるほど、クラウド達は世間に紛れて、暮らして行きやすくなる。
 もっとも、直接ミッションで関わるWROの実働部隊側には、どうしても狼だと言うことは知れてしまうのだが、そこは規律と訓練でどうとでも統制が取れる――と、リーブは思っている。実際、クラウドの持つその本能と実力は、最早軍隊と言って差し支えのない組織の中で、余計なことを何一つ考えさせることのないものとなっていた。
 ——情事の後の気怠く甘い空気の中では、そんな獰猛さなど欠片もなくなってしまうのだが。
「ああ、もう、嬉しいのは解るんですけど、そんなに振らないでくださいよ」
 尻尾の毛をブラッシングしてやるのが存分に互いに溺れた後のお約束ごとなのだが、今日はよほど機嫌がいいのか、実りの黄金色に染まった豊かな尻尾は、先程から右に左にと落ち着かない。大人しくしてくださいと掴んでも、その手の中ですら振れて逃げ出すものだから困ったものだ。
「しょうがないだろ」
 背中を向けたクラウドは、首だけ振り向いて応える。
「止めようって言う方が無理だ」
「いつ見ても面白いですけどね……っと」
 ようやく捕まえて右手に持ったブラシを埋める。毛並みに沿って優しく梳いてやれば、リラックスしたのかぼふんと身体が横に倒れた。凛と天を向いていた耳からも心なしか力が抜けている。
「全身ブラッシングしましょうか?」
「……いや、いいよ。今生え替わりだから、毛だらけになる」
「じゃあ、また今度やりましょうか」
「うん」
 乱れた毛並みを整えていくうち、クラウドの目がとろんと眠気を帯びてくる。梳かし終えて毛を始末してしまった頃には、勇猛な金の狼は穏やかな眠りの中に落ちていた。どんな夢を見ているのか、時折耳が動いているのがまた可愛らしい。
 風邪を引かないようにと布団を掛けてやると、リーブもまた隣に潜り込む。とたんにきゅっと絡みついてくる尻尾を撫でてやると、太陽のにおいがする体を抱き締めた。
「おやすみなさい、クラウドさん」
 リーブの愛しい狼はぴくりと耳を動かして、ぐる、と低い返事をした。

三度の飯が好き

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