ホットワイン

ホルクラ / pixiv ※性的表現あり

 眠れないのか、と声をかけると、じっと天窓の向こうを見つめていた金髪の青年がゆっくりと振り向いた。
「……ホルゾフさん」
「よかったら、これでも飲みなさい。体が暖まるから。——酒は大丈夫かね?」
「ああ……ありがとう」
 右手に持った白いマグを差し出してやると、青年の白い手が伸びた。僅かに触れた指先は案の定冷たい。気温の低い窓の近くにずっといたら、たとえ暖炉を炊いている部屋の中とはいえ凍えてしまうだろう。ついでにこれも使いなさいと毛布を肩に掛けてやれば、きょとんとした瞳が見上げてきた。
「どうしたね?」
「……どうしてそこまでしてくれるんだ? 金も払ってないのに」
 素朴な問いに、ホルゾフは思わず笑ってしまった。
「言ったろう。同じ仲間にほんの少しの休息を提供しているだけだよ」
 クラウドの隣に腰を下ろすと、ホルゾフはその不思議な色の瞳を覗き込んだ。美しいカーブを描くその目元には、色濃い隈が浮かんでいる。恐らくは、今日だけではなくその前からもあまり眠れていないのだろう。
「休めていないんだろう、最近」
「……」
 予測をそのまま言葉にしたら、こちらを伺っていた青年の目がついとそらされて、また天窓の向こうに移った。図星らしい。うすい唇がマグに寄せられ、温められた葡萄酒がその中に吸い込まれる。
「……よくわかったな」
「長く生きていると、思いの外目端が利くようになるものでね」
 ホルゾフは分厚いガラス窓の向こう、夜でもそれとわかるほどに渦巻く吹雪に目をやる。
「君が眠れない原因が、あの壁の向こうにあるんだろう」
「……ああ」
「それなら、私の口から行くなとは言えない。ただ、行くならしっかり休んでから行きなさい。いいね」
「わかってる。わかってるけど……」
「眠れない」
「そう」
 また一口、クラウドはワインを飲んだ。
「夢を見るんだ」
「夢?」
「だから寝ても寝た気にならないか、途中で起きる」
 どんな夢かなど聞かなくても、彼にとって嫌なものであることはすぐにわかった。そして、あまりその内容には触れられたくないであろうことも。
「……夢の中身はどうしようもできないが」
「うん?」
「夢を見る回数は少なくすることはできる」
 ホルゾフは、毛布から見えているクラウドの腕に軽く触れた。青年は拒否をするでも逃げるでもなく、ホルゾフの顔をじっと見つめている。その表情にはどんな色も浮かんではいない。
 まるで陶器の人形だと、そう思った。
「君さえよければ試してみるかね」
 する、とそのまま指を肘のあたりまで滑らせる。びくりと僅かに反応が返ってきたが、それだけだ。
「……どう?」
 さらに言葉を重ねてようやく、クラウドが首を僅かに傾げる。その口元には、呆れとも自嘲ともつかない笑みがかすかに上っていた。
「あんた、本当に世話焼きだな」
 優しくホルゾフの手を退けたクラウドは、手に持ったマグを窓際へと置く。これはだめかと思った瞬間、白い両手が不意に伸びて、ホルゾフのベストを掴んで引き寄せた。
 近くで見るとさらに若い面差しが、真正面からホルゾフを捉える。
「世話焼きなら、ちゃんとリードしてくれ」
 ここにきて初めてはっきりと笑みの形を取った唇を、ホルゾフは極力優しく塞いでやった。

***

 絶壁の麓の小屋に来訪者があったのは数ヶ月ぶりのことだった。
 大氷河で遭難しかけていたところを生きたまま発見できたのは、さらに数年ぶりのこととなる。地元、アイシクルロッジの人間ですら越えるのに躊躇うこの自然の難所だ。一度も訪れたことのない彼らが、そうそう簡単に踏破できるわけもなく、ホルゾフが見つけたときには三人とも、氷原の真ん中で凍死寸前だった。
 小屋に運び込んで話をしたとき、真っ先に違和感を感じたのはクラウドだった。ここにいるのにここにいない、話を聞いているのは確かなのに届いていないかのような——たとえて言うならば、彼の中には虚ろが広がっているような印象を受けた。
 絶壁の向こうに行く理由は聞いていなかったし、深く聞かなかったが、クラウドは遠くへ行こうとしているように思えた。それを仲間たちも薄々感じ取っているのか、彼をこの世につなぎ止めようとしているようだった。
 彼が纏うその独特の空気にあてられたと言っても間違いではない。だが、ホルゾフは、この不思議な青年が手の届かないどこか遠くに行こうとしていることが悲しく思えた。そんな感情を抱くのは、この小屋で、壁に挑む人間たちを見守り始めてから初めてのことだった。
 だから、せめてもの楔になれればと思ったのだ。
『ここ』に、この世界に僅かでも引っかかるものができればいい。
 それが、遠くを見つめ続ける彼に声をかけた理由だった。

 念入りに解してやったせいか、初めてだと言っていた割にすんなりと受け入れてくれた彼は、必死で声を上げまいとしているようだった。何せ隣の部屋では彼の仲間たちが寝ている。外で吹き荒ぶ風もあるし、扉は分厚いから大丈夫だと言っても、彼はただ首を横に振り、唇を噛んでいた。
 真っ白な肌に手を這わせると、敏感になっている身体は素直な反応を返してくれる。きっとまだ誰にも触らせたことはないのだろうその奥にぐっと腰を進めれば、組み敷いた身体がふるりと震えた。
「そう、そのまま、力を抜いて——」
 汗がじわりと滲む額に口付けてやりながら、ホルゾフは相手が落ち着くまでじっと待った。やがて強張っていた身体から力が抜けたのが解ると、ゆっくりと抽挿を始めた。
 年の割には太く逞しいホルゾフの腕に、クラウドの白い手が絡みつく。大丈夫かと問うと、うっすら不思議な色をした瞳が睫毛の間から零れた。そこにはただひたすらに、熱と欲だけがちらついている。
「もっと」
 予想外の一言に驚きながらも、それならと己の動きを速めれば、ついに抑えきれなくなったらしい声がその薄桃に色づいた唇から漏れ始めた。掠れた、それでいて艶の感じられる声音を耳にして、ホルゾフ自身の熱も高まっていく。
 ぐっ、ぐっと腰を打ち付けると、腕に巻きついた手が僅かに爪を立てたのが解った。限界が近いようだ。
「っあ、や、やだ、……やだ、あっあっ」
「大丈夫だから、っ、委ねてしまいなさい」
 腕を首の後ろまで持ち上げてやり、恐らくは初めての快楽に不安と恐怖を露わにする彼の額に唇を落とす。嫌だと口走りながらも、ホルゾフの首から手を離さずにいるクラウドは、その眉を切なげに寄せ、必死で快感だけを追いかけているように見えた。
「あ、あッ、やだ、っいく、っひ——」
「っ、く」
 絞り出すような細い悲鳴が、目の前にさらけ出される白い喉から走ったのとほぼ同時、追い立てられたホルゾフもまた低く呻いて青年の胎の奥へと己の欲を叩き付ける。
 びくびくと震える身体にしばらく覆い被さったまま息を整え、全てを出し切った後ずるりと彼の中から己を引き抜いたときには、毛足の長い絨毯に埋もれたクラウドは、ただぐったりと目を瞑っていた。
「……大丈夫かね?」
 汗で額に貼り付いた金髪を避けてやりながら問いかけるも、彼からの返事はなかった。ただ、すう、という深い呼吸が返ってきただけだ。
 眠ってしまったか、とホルゾフはその顔に思わず苦笑を滲ませる。後で始末をしてやらなければと思いながらも、彼はその白い額に手を添えた。
「せめて今日は、ゆっくり休みなさい」
 言葉が聞こえているのかいないのか。
 ひときわ安らかな寝顔を浮かべるクラウドの金糸を、ホルゾフは穏やかに、ただ優しく撫で続けていた。

三度の飯が好き

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