リブクラ / pixiv ※あがたさんからのリクエスト
すべては彼の思惑通りに進んでいた。
リーブ・トゥエスティはその日の仕事をつつがなく終えると、秘書官たちに後を任せて執務室を出た。もちろん、「早めに切り上げて帰ってしまっていいですからね」という気配りの一言も忘れていない。お疲れ様です、の言葉を背中に受けながら、リーブはWRO本部を後にする。
「珍しく早いですね。すぐご自宅ですか?」
車に乗り込むなりそう聞いてきた運転手に、「いや、少し寄るところがありまして」と告げた先は、エッジ郊外にあるWRO所有の施設の名前だ。
「仕事上がったのにまた仕事ですか? たまにはお休みされた方がいいと思いますよ、体壊しますよ」
「ははは」
「はははではなく」
長年運転を任せているせいだろうか、この運転手はかなりリーブ相手には気安い態度を取ってくれる。だが、それが逆にリーブにとっては救いでもあった。気安い友人が作りづらい立場にいるリーブにとって、毎日何かしらの軽口をたたける相手がいるというのは、その日頃のストレスをかなり軽いものにしてくれる。
「二時間ほどかかるかとおもいます。終わったら自分で帰りますから、上がってしまって大丈夫ですよ」
「本当ですか?? ……と、言いたいとこですが、局長をほっぽって帰ったって知られたら、秘書のお兄さんと奥様に怒られるんで、適当に時間潰して待ってますよ」
「もしや前にも?」
「がっつり絞られました。それに、エッジにはうまい店が多いんで、是非待たせてください」
「しょうがありませんねえ」
よっしゃ、と壮年の運転手は笑い、ハンドルを握り直す。
「終わったらご連絡いただければすぐに行きますんで」
「いつもすみませんね」
「いえいえ、仕事ですから」
運転手は笑うと、バックミラーの角度をわずかに変えた。
***
「ではすみませんが、終わったら呼びますので」
「あんまり根詰めないでくださいね」
「わかってますよ」
そんな短い会話を済ませて、リーブは車を降りる。
WRO所有の建物とはいえ、そこはほかの施設に比べたら、ごくごく小さなものだった。神羅カンパニー本社から持ってきた、各地に点在する魔晄炉の資料や宇宙計画時の資料など、主に重要度は低くすぐには使わないが、廃棄処分にするにはもったいない資産を保管するための、資料庫を兼ね備えた倉庫だ。資料についてはほとんどリーブの私物のためか、使う人間もごく少なく、また常駐する職員も警備員ぐらいしかいない。
その警備員に会釈をし、静脈認証に己の手のひらをかざすと、リーブは建物の中へと入る。普段落としている明かりを付けて、コンテナや本棚などが分野別に置かれた部屋の中を進み、さらに「特別保管庫」と書かれたプレートが付けられた部屋の前にやってきた。
そこにも取り付けられている静脈認証を通過すると、先ほどと比べてこぢんまりとした、本棚と申し訳程度の作業机が置かれた部屋が現れる。かつてリーブが、ミッドガルを建設したときに提出した数多くの報告書の控えや、やりとりした本が詰められた書架の、下段に収まっている分厚い本の背を軽く二度ほど叩く。
ガゴン、と何かが外れる音がしたのはその直後だった。続けて、かこんかこん、と本棚の向こう側で何かが組み変わる音がして、やがて本棚がまるごと横にスライドする。
そこに現れたのは地下への入り口だった。リーブは特に驚きもせず、暗闇へと続く階段を静かに降りていく。背後で再度、がこんがこんと何かが組み変わる音を聞きながら、ほのかな非常灯の明かりに導かれるまま進むと、静脈認証も何もついていない、ただし重厚な扉が現れた。
金属製のノブに手をかけ、ぐっと体重をかけ押し開ける。
「——リーブ!」
その途端、喜色そのものを体現したかのような声に出迎えられ、リーブは思わず頬を緩めた。
「おはようございます、クラウドさん」
「おはよう」
「起きてらしたんですか」
「リーブが来るかもしれないって思ってたから」
地下にもかかわらず光が溢れる室内。
まるで小さなアパートのような調度の、しかし、明らかに不要なものがそこにある空間で、一人無邪気に笑っているのは、二度の星の危機が去ってから一人行方知れずとなっていた、クラウド・ストライフその人だった。
「相変わらず勘がいいんですね」
「リーブのことだったらすぐわかるから」
「それはおちおち嘘もつけませんね」
笑いながら、リーブは後ろ手に扉を閉めると、部屋の中へ入る。
「今そっちに行きますから」
そう言って、彼は部屋を区切る無骨な鉄格子に手をかけた。
***
リーブ・トゥエスティがここに彼を連れてきたのは、ディープグラウンド騒動からしばらく経った後のことだった。
その前から、リーブはクラウドに対して懸想をしていた。妻子ある身で、というのは理解していたが、それでも、星を救った美しい、そして不完全な英雄にどうしても惹かれてやまなかったのだ。
そしてそれはリーブだけではなかった。無愛想に見えるが人一倍さみしがり屋で、そして人一倍人間らしい彼は、多くの人間を引きつけた。そしてそれは、リーブにとって忘れて久しかった独占欲を思い起こさせた。この青年を、徐々に人の枠から外れながらも人を引きつける美しい存在を、自分だけのものにできたらどんなにいいだろうかと思った。
幸いにして、クラウド本人はリーブのことを憎からず感じていてくれた。クラウドには父親がいないから、きっとリーブのことを父親のような存在として考えてくれていたのだろう。それはリーブの計画にとって、とてもよい方向に働いてくれた。
そしてリーブは、クラウドという存在を世界から切り離すことにした。外堀から、そして内側からじわじわと、クラウドを自分だけのものにしていったのだ。最初こそ血眼になってクラウドを探していた仲間たちも、今となってはすっかり諦め、この部屋に来た当初は狼狽え、おびえていたクラウドもずいぶんとおとなしくなった。
この部屋のクラウドはリーブだけを見ている。父として、そして恋人として、地下の狭い空間の中、決して出てはならないと教え込んだ鉄格子の奥で、リーブが訪ねてくるのを待ってくれているのだ。
今や、クラウド・ストライフは、リーブただ一人のものだった。
腕の中で小さく震える彼は、久しぶりの快感をうまく受け止めきれなかったらしい。美しい星の英雄は、ただはくはくと力なく、空気を求めて口を開けていた。しっとりと汗を含んだ髪を撫でてやれば、ただそれだけの刺激にすら、びくりと反応してくれる。それなりの回数を重ねても、未だに初々しい反応を返してくれるこの身体が愛しくてしょうがない。
腕の中の身体が落ち着くのを待つと、リーブはその白い額にキスを落としてベッドを抜け出る。久しぶりでつい大人げもなく貪ってしまったが、もう少しで約束の時間だ。
「……しごと?」
未だ整いきっていない呼吸で、クラウドが聞く。
その瞳に寂しさが滲んでいるのを見て取り、上着を羽織りながらベッドへと戻る。
「すみません、また一人にしてしまって」
「……いいよ、留守番してるから」
「いい子ですね」
瞼に唇を寄せて頬を撫でる。
そして、ふと思い出し、懐に手を入れた。
「そうだ、クラウドさん。一つお聞きしたいんですが」
「うん」
「この人たちのこと、見覚えはありますか? お仕事で使うんですが」
取り出したのは一枚の写真だった。クラウドは素直に、その写真に青い瞳を滑らせる。
「……知らない。ごめん、役に立てなくて」
「いえ、いいんですよ。大丈夫」
ありがとうございます、とリーブはその写真を懐にしまう。頭を撫でてやるとその瞳がとろんと閉じた。やがて穏やかな寝息が聞こえてきたのを見届けると、静かにその場を離れ、極力音を立てないように鉄格子を閉める。
そして部屋の外に出ると、未だ手の中の写真に——かつての戦役の英雄達が映っているそれに目を落とすと、に、と口角を上げた。
(うまくいった)
今のクラウドはもう何も覚えていない。自分がクラウドであることと、リーブがいなければ生きていけないということ以外、彼の頭には残っていない。この部屋に連れてきてから密かに続けていた『書き換え』は、クラウドの頭の中にしっかり浸透しているようだった。
——クラウドが生きてきた時間は、これで全部リーブが手に入れた。
懐に手を入れライターを取り出すと、リーブは写真に火を点けた。チリチリと音を立てながら燃え落ちていくクラウドのかつての半生を見下ろし、世界の王は満足げな息を吐く。
「もろたで、クラウドさん」
リーブはただ一言呟くと、再び地上へ向かって歩き出す。
すべては彼の思惑通りだった。