配達屋の狂気を察知した将軍 / コルクラ / 文庫ページメーカー
こいつは狂っているとはっきり理解したのは、王都が落ちたその日だった。
巨大なシガイと王の石像が組み合う中、逃げまどう民衆を掻き分けつつ一路城へと向かっていた最中、奴は特に取り乱しもせず極めて普通の態度でコルの前に現れた。正確には後ろに突然現れて肩を叩いてきた。
「待った、俺だ。配達の」
身体を翻しつつ得物の柄に手をかけ抜き放つその瞬間聞こえてきた声に、コルはぎりぎりのところで手を止めた。轟音やら悲鳴やら怒号やらが入り乱れる中、どうどう、とでもいうような曖昧なポーズを取っているのは、確かにクレイラスから紹介された配達屋だった。
「……なぜここにいる。早く逃げろ」
「仕事で」
「配達のか?」
「もちろん」
「馬鹿か」
端的な感想を述べたら、配達屋の青年は肩を竦める。だが否定はせずに淡々と、「あんたこそ逃げた方がいいんじゃないのか」と続けた。
「もう人の手に負えるものじゃない」
「そんなことは知っている。だが」
「行かなきゃならない?」
「そうだ」
そうか、と配達屋は言った。
「じゃあ、俺も仕事をしなきゃな」
「今か? なぜ」
配達屋は笑った。
◆◆◆
次に目を覚ましたのは見慣れない部屋の中だった。
地響きは未だ聞こえてくるが、先程のようにすぐ近くではない。どこか遠くの雷のように現実感がなく、大地もわずかに揺れるだけだ。窓の外も薄暗い。夜明けはまだ来ていないらしい。
「起きた?」
跳ね起きたコルの耳に飛び込んできたのはそんな平坦な声だった。声の方に顔を向けると、いつもの黒衣の配達屋が、明らかに暇を持て余しているといった体でテーブルに肘をついていた。
「やっぱり丈夫だな、あんた」
「お前、ここはどこだ。王都は」
「ここは壁の外のモーテル。王都はまだ燃えてるが、もうそろそろ終わるかな。だからあんたが行っても何にもならない。あんたには他の仕事がある」
配達屋は、特に後半の言葉を強めに言った。まるでコルが、今から飛び出そうとしているのを見透かしているかのようだった。
「……貴様、何故俺を連れ出した」
「ん? 言ったぞ、仕事だ。あんたがよく知ってる人間から頼まれた」
配達屋はまた笑った。
「あんた、人気者だな。二人に同じ依頼をされたぞ。あんたを外まで配達しろって」