定期検診時によく見られる水揚げの光景 / リブクラ / 文庫ページメーカー
大きなガラスの容れ物を満たしていた液体がみるみるうちに抜かれていく。
その内に漂っていた人魚のような美しい人は、その水位に合わせるように水底に舞い降り、足を着け、座り、そして大気に晒された。濡れた検査着が貼りついた胸が大きく上下し、濁った音を立ててその口から液体が吐き出され、びちゃびちゃと容れ物の底に撒き散らされる。
リーブはすぐさまバスタオルを手に容れ物に駆け寄った。容れ物の前面、人一人が通れるほどの大きさで縁取りされた箇所が開くや否や、その中に入る。ガラスに背中を預け力なく座り込み、大きく肩を上下させている彼の前に、スラックスが濡れるのも構わずに膝をつくと、汚れた口を拭き、その濡れた身体にタオルをかけてくるんでやった。
「クラウドさん、クラウドさん」
できるだけ優しく揺さぶると、虚ろに伏せられていた瞳がリーブを捉える。途端、その美しい星の色を先ほどの液体とはまた違った透明な水が覆い、みるみるうちに溢れ出して頬を伝い落ちていく。
「リーブ、リーブ、おわった? いいのか?」
「ええ、いいんですよ。終わりました。よく頑張りましたね」
可哀想なほどに震える両手がタオルの下から現れ出て、リーブの服の裾を掴んだ。酷く冷たいその手を握ってやりながら、身体を容れ物から引きずり出すと、待ち構えていた職員に手伝ってもらいながらスツールに乗せる。
「リーブ、いやだ、リーブ」
「大丈夫ですよ、一緒にいますから」
クラウドに付き添いながら、リーブはその額にかかる濡れた髪をのけ、再び手を握ってやる。
「これで全部終わりですから」
そう優穏やかに告げてやると、クラウドはここで初めて安心したように目を瞑った。
クラウド・ストライフは特殊な細胞を持っている。
一般の医療機関では手に余るその細胞のため、WROは彼の治療や検診を一手に引き受けていた。今日は半年に一度の大きな健康診断で、最後の最後に全身をスキャンするため、『水槽』と呼ばれる大きなあの容れ物に入ってもらっていた。
元よりその過去のため、クラウドは医療施設や研究所、医者がそもそも好きではない。この健康診断だって、最初はものすごく渋られた。だが、あなただけの身体じゃないんですからと何度も説得し、従事する職員や施設、手順からも極力「らしい」要素を排除して、ようやく受けてもらっている。
だが、最後のこの『水槽』だけは変えようがなかった。そして、毎度毎度クラウドは嫌がり、渋り、そして終わったあとは酷く消耗してしまうのだ。
身体を清められ、新しい検査着を着せられたクラウドのその寝顔は、お世辞にも良いものとは言えなかった。どんな夢を見ているのか、時折苦しそうに寄せられる眉にリーブの胸がちくりと痛む。
「すみません、クラウドさん。でもあなたには必要なんです」
布団から投げ出された手を優しく握ってやると、僅かにその強張った表情から力が抜ける。
——そう、必要なのだ。これは必要なことだ。
前に代用案として出された機械はとてもではないが使えたものではなかった。二度目のものは安全性に欠け、三度目のものは精度が出なかった。だから、『水槽』を使い続けることは、クラウドのためにはしょうがないことなのだ。たとえ、その度に消耗し、リーブに縋らなければ眠れないほどに怯えてしまったとしても。
「すみません——本当に、すみません」
リーブは白く、血の気の失せた手の甲に唇を寄せる。
その口元は、ほんの僅かに上がっていた。