リブクラ / pixiv
コスタ・デル・ソルではサングラスが手放せないらしい。曰く、元の目の色素も薄い上にソルジャーの視力も相まってどうもまぶしいという。
「だからといってバイク用のゴーグルをそのまま使うのはどうかと思いますよ。ごつい」
「……やっぱりそうか。海に行く前に買っていこう」
「よっしゃボク選びますねまかしとき」
イチバン似合うの選びますから、というと、隣で車のハンドルを握っていたクラウドが「いや適当でいいよ」と笑った。
「そんな本気出さなくても」
「確かにクラウドさんは何でも似合いますけど」
「そうじゃない、あんたの選んでくれたものなら何だって嬉しい」
「んんんんちょっとクラウドさんやめてくれませんか海に行く前に心臓止まりますよボクの」
特に今は、隣で格好良く運転しているというオプション付きだ。言われた内容にただでさえインパクトがあるのに、言葉に釣られて本人を見てしまって、結果さらに追い打ちを食らってしまった。ボクを殺さんといてくださいと抗議すると、クラウドはまた口元を緩めた。
「あんたの心臓ってそんなにヤワだったか? 夜はあんなに激しいくせに」
「いや待ってクラウドさん、いつもよりテンション高ないですか? どないしたんですか?」
「どうもしないよ。……ただ、あんたと海に行けるのが嬉しいだけ」
「またそうやって!! 殺しに来る!!」
やめて!! という悲鳴が、澄み渡った青空へと吸い込まれていく。
——季節は夏、八月の半ば。
暦の上で言うなれば、クラウド・ストライフの誕生日のその前日だった。
***
今年はわがまま言っていいか、そうクラウドが言ってきたのはちょうど一月ほど前のことになる。
普段おねだりなんて滅多にしないし、物をあげてもひたすらに恐縮して返してくるようなクラウドが、珍しくそんなことを言うものだから、リーブは最初面食らった。もしかして何かあったのか、健康診断の結果で変なことになったのか、それとも星からなにやら不穏なお告げでもあったか——矢継ぎ早にそう訪ねたら、思いっきり苦笑いされた。
「いや、そのどれでもないよ。大丈夫」
「ほんまに?」
「ほんまほんま。……その、なんというか……やりたいことが初めてできて」
だからそれでわがまま言いたい、とはにかむクラウドにたまらなくなり、思わず二度三度、いやそれ以上のキスを降り注がせたしまった後、ようやく聞けたそのわがままが、「リーブと海に行きたい」というものだった。
「みんなで移動したり、あんたの家に泊まったり、あんたがうちに泊まったことはあったけど、二人で旅行とか行ったこと無かったなって思って」
「まあ、確かにどっちも忙しいですし」
「それに……その、ちょうど一年だろ。だから」
だから旅行に行きたい、そう照れながらクラウドの指がおずおずと触れたのは、薬指に光るシルバーリングだった。ンッ、とリーブの息が詰まりまた抱きしめてしまった結果、詳しい話は丸一日経ってからとなった。そして一月かけて準備して、二人とも短い間ではあるがバカンスを勝ち取り、こうしてクラウドの運転で海に向かう運びとなったのである。
「——それにしてもあんたよく休み取れたな」
シーズン真っ盛りであるせいか、人で混み合う道路をかなりゆっくりめの速度で走り、別荘用の駐車場に向かってハンドルを操るクラウドが言った。
「大変だっただろ。ありがとう」
「いやあクラウドさんのためですし、お任せください。それにしてもクラウドさん運転かっこいいですねえ」
「今言うことかそれ」
助手席の背もたれに手を回し、器用にハンドルを操りうまく停めていくクラウドは、見る人が見たらきっと黄色い声を上げるに違いない。だが、その免許を取った動機が「いついかなる時もできるだけ運転できるようにありたい(そして酔う機会を減らしたい)」という少々せっぱ詰まったものであると知っているのは、おそらくリーブや限られた人間だけである。
「はい、着いた」
「おおー、さすがですね」
見事ぴったりとスペースに停まった車を見てすごいすごいと手を叩いたら、クラウドは「そりゃあそうだ」と胸を張った。
「あんたの車だし」
「あ、まさか借り物だって思ってます?」
「違うよ。あんたのものだから大事にしたいんだ」
「またそういうこと言う……」
「ほら、リーブ、行くぞ」
再度胸がいっぱいになってダッシュボードに突っ伏していたら、運転席の恋人はさっさと降りてしまっていた。あわてて自分もドアをあけ、急いでその後を追う。軽装の男二人、しかも限られた時間とあって、それぞれが中くらいのトランク一つだけというかなりコンパクトな荷物を取り出し、リモコンでロックをかけた。
「荷物置いて、ちょっと休憩したら外行こう。サングラス見に行きたい」
「そうですねえ。あ、泳ぎます?」
「泳ぎます。泳がないのか?」
「泳ぎますよ!」
「よし」
別荘に続く階段を上がり、キーホルダーにつけた未だ真新しい鍵を差し込む。かちゃりと回して扉を押し開け、管理の手が行き届いている寝室に向かい荷物を置くと、リーブはベッドにダイブしたクラウドを追って寝台に腰掛けた。
「クラウドさん」
「んー?」
「こっち向いて」
うつ伏せになっていた身体がわずかに動く。
前を緩めながら完全にリラックスした身体に覆い被さると、クラウドはリーブが何をしたいのかすぐに察してくれたらしい。先ほどまで浮かべていたそれとはまた全く違う、まるで挑発しているような笑顔を浮かべる。
「……一休みじゃなかったのか?」
「気が変わりました。ちょっと運動して、一休みして、それから外に行きましょう」
「ちょっとじゃ終わらない気がするが」
「それはその時です。……どうせ休みなんですし、海は逃げないですよ」
「そうだな」
おいで、とクラウドの両腕が伸びてくる。それに抱えられるがまま、暑気にさらされてしっとりと汗で湿った首筋に唇を寄せると、ほのかな潮風の味が舌に広がった。
互いのシャツを脱がし合い、キスを交わしていくうちに、呼吸がだんだんと荒く、熱を帯びていく。カーテンすら開けないままの南国の寝室は、朝とも夜ともつかない曖昧な色合いに染まり込んで、内の二人をどんどんと熱帯の中に沈めていく。
「——っそうだ、クラウドさん、今の内に言っておきますけど」
「ん」
「お誕生日おめでとうございます」
まるで海と空を一緒くたに混ぜたような瞳がリーブを見上げる。緩くカーブを描く目尻を親指で撫でてやれば、淫蕩の色の中僅かに呆れたような色が混じった。
「……あんた、夜中までする気か?」
「念のためですよ、念のため」
「はいはい、念のためね」
背中に回ったクラウドの手が、リーブの頭を優しく撫でる。だが不意にその手が止まり両頬に添えられると、ぐいと引き寄せられこつんと額がくっついた。
間近に広がる海が光る。
「ありがとう。俺、今ほんとうに幸せだ」
僅かに震えた声に被せるように、リーブは薄桃に色づいた唇を塞いだ。