[2018/08/25]セフィクラ

とじこめる話:檻の中の誕生日 / セフィクラ / 文庫ページメーカー

 できるだけ静かにロックを解除して扉を開けると、足音をたてないようその檻の中に入り込む。ふわふわした床では音を立てる方が難しいのだが、この部屋の主は振動でも起きかねないから、バレットは慎重に慎重に足を運んだ。
 その甲斐あってか、部屋の隅でうずくまるように眠っていた布の塊は、ほんの少しだけ身じろぎをしただけで完全に目を覚ますまでには至らなかったらしい。一瞬だけリズムが乱れた呼吸がまた深く規則正しいものになったことを確認したバレットは、腕に抱えた様々な荷物をゆっくりと下ろした。
 それらはまるで統一性のない品物だった。不思議な感触のする柔らかくて大きなクッションや、いい香りのするお香、船を模したぬいぐるみにメッセージや絵が描かれた色紙など、よりどりみどりの品々をそれぞれ危なくないところに置いていく。
【——セフィロス?】
 ここでようやく、部屋の主が起き出したらしい。布の塊が寝返りを打ち、ごつごつした拘束具と猿ぐつわ、そして両目を覆った包帯が、バレットの方を向いた。
「ああ、起こしたか。悪いな」
【バレット?】
「おう、オレだ」
【ようじ?】
 まだ起ききっていないのだろう、頭に響く声がどことなく拙い。それに、今日がどんな日なのかも思い当たっていないようだ。
「用事ってお前、今日が何の日か忘れちまったのか?」
【わからない】【カレンダー】【みえない】
 見えている部分だけでも、むすっとした表情を形作ったのがわかった。少しばかり不機嫌になってしまったらしい。悪い悪いと笑うと、バレットはクラウドの身体を抱えてやる。
「今日な、お前の誕生日なんだよ」
【——たんじょうび】
「だからな、みんなからプレゼント貰ってきたんだ。ほれ」
 そして、ゆっくりとクラウドの身体を大きなクッションに埋めてやった。未知の感覚に一瞬だけ身体がこわばったが、すぐに自分が何に埋まっているのか理解したらしく、楽しげな笑い声が喉から上がった。久しぶりの肉声に、バレットの頬が思わずゆるむ。
「気持ちいいか?」
【きもちいい】
「そいつはアレだ、ヴィンセントからだ。新しく出たクッションなんだと。あとはな、シドからシエラ号のおみやげ。ぬいぐるみだ」
【船バカ】
「はっは、違いねえ。結構大きくなってたぞ、子供。——あとはユフィからお香と、リーブからは枕。そんで、オレらからは色紙」
 しきし、とクラウドが繰り返した。
「おう。オレとティファと、マリン、デンゼル、あとは店の常連からの寄せ書きだ。壁に掛けとくから、目が良くなったら読もうな」
 すると、もぞもぞとクッションの感触を楽しんでいたクラウドは、不意にその動きを止めた。クラウド、と声をかけると、今度はふいと背中を向けてしまう。
「おい、クラウド、大丈夫か」
【なんでもない】【だいじょうぶ】
「……わかった、具合は悪くねえんだな」
 こくんと首が動く。バレットはもうそれ以上何も言わず、ただじっとその姿を見守る。
 ——本当は、クラウドが何を考えているのかわかっていた。
 子供たちや家族に対する罪悪感に耐えているのだ。彼らに迷惑や心配をかけてまで、セフィロスに会いに行こうとしている自分が厭でたまらないのだろう。デンゼルやマリンが会いたがっているという話をする度、クラウドは同じようにだまりこくって、世界の何もかもを聞き入れまいとするようにうずくまってしまう。
 それだけ辛いんなら戻ってこい、と声を荒げてしまったことは何度もあった。
 だがそれでも、クラウドは首を振るだけだった。会いに行きたい、会いたい、セフィロスに会いたい——と繰り返して。
「……なあクラウド」
 布の塊がまた動いた。だが、こちらを見ようとはしない。
「今度、店のご飯持ってきてやるから、一緒に食べようや」
 しばらく返事はなかった。
 だが、やがてぼそりと響いたのは、食欲ないから、ごめん、という謝罪の言葉だけだった。

三度の飯が好き

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