あなたとごはんを:まだ友達 / バツクラ / 文庫ページメーカー
「お前よお、最近なんかあったか」
伝票へのサインをぼんやり待っていたら突然そんなことを聞かれて、思わず「は?」という威嚇のような声が出てしまった。
「なんでイラついてんだよ……」
「イラついてない。ちょっと気が抜けてて反射で」
「反射でそんな声出すな、客が怖がるぞ」
「あんた以外には気抜いてないから大丈夫」
呆れたようなため息が聞こえたが、小言は続かずそれきりだった。さらさらと伝票に書き込み終えた客——バレットは、漏れがないか確認しながら、ちらりと視線をよこしてくる。
「前より顔が明るくなったんじゃねえか」
「俺はいつも明るいぞ」
「ウソつけ。……彼女でもできたか?」
渡されたバインダーを受け取ってチェックし、珍しくきちんと書かれていることに感心しつつ、クラウドは「んー」と言葉を濁す。
「……それっぽいのはいる」
やってもらっていることは実質彼女のようなものだが、実際は彼女ではないし友達みたいなもの、ということで出てきた表現だったが、それでも相手の好奇心を刺激するのには十分だったらしい。かなりの勢いで食いついてきた。
「なんだそれ、詳しく聞かせろ。仕事終わったらまた来い」
酒でも飲みながら聞き出そうという魂胆らしい。だが、クラウドは首を横に振った。かつて一緒に働いていたときからわかっていたことだが、バレットは見た目通りというかなんというか、結構酒癖が危ういのだ。それに夜はもう埋まっている。
そう伝えたら、バレットは眉を寄せた。
「なんだよ、用事か?」
「いや、晩ご飯作って待ってくれてるから」
「マジかよやべえな」
「正直すごく助かってる。それじゃ」
「おいこらもっと聞かせろ」
「次の配達があるから嫌だ」
肩に伸びてきた手をさらりとかわし、クラウドは採掘工場をできるだけ早足で抜け出す。これ以上ここにとどまっていたら、次の配達への時間がなくなってしまう。
「今度絶対聞かせろよな!!」
背中にぶつかってきた大声にひらひらと手を振りながら、クラウドはバイクを停めてある駐車場へと向かった。
***
その日の配達を終え、町中を駆け回って疲れた体を引きずりつつ家に戻ってみれば、窓から漏れる明るい光が目に染みた。さらに鼻をくすぐるいい匂いに、空っぽになった胃袋が情けない音を出す。
「ただいま」
「おうおかえり! 飯もうちょっとな」
ドアを開けた途端に迎えてくれる声と笑顔に、少しだけ顔の筋肉がゆるむのがわかった。いつもなら慣れない営業スマイルに疲れ切って強ばって動かないままだったのに、最近はどうも家に帰ったらごく自然にゆるんでしまう。それもこれも恐らくは、気心の知れた人間が家にいてくれて、そして温かいご飯を作って待ってくれているというのがあるからだろう。
「いつもありがとう」
「なんだよ急に、どうした?」
「いや、なんとなく言いたくなって」
「だからって玄関先で言うことかよ」
へへ、と笑うバッツにつられて、クラウドもまた鼻から息を抜く。
「慣れないことしてないで、さっさと手洗って着替えてこい」
「うん」
シチューのいい匂いと太陽のような笑顔に背中を押されて、クラウドは寝室へと足を向けた。