[2018/09/26]リブクラ

テーブルマナーを教えるリーブさん / リブクラ / 文庫ページメーカー

「上達しましたね」
 ふとそんなことを言われ、クラウドは思わず視線を上げた。ふっくらと焼き上げられたおいしそうな魚から一転、視界に現れたのは穏やかな笑みをたたえる壮年の男性だ。一体何を言っているんだろうかと首を傾げ、食欲をそそる香りのするソースをまとった白身を口に運びゆっくりと咀嚼し、飲み込んでからようやく、クラウドはその疑問を口にした。
「何が?」
「振る舞いが。とても綺麗で見違えるようです。……いや、見とれてしまう、が正しいですかね」
 深い鳶色の瞳にじっと見つめられた上にそんな浮ついた言葉まで投げかけられて、クラウドは思わず視線をそらす。
「……あんたの教え方がうまいからだ。それに、そんな世辞言われても何も出ない」
「世辞なんてそんな、とんでもない。本心からの一言ですよ」
「どうだか」
 火照る頬を少しでも冷まそうと、冷静を装って水を飲む。だが、リーブに見つめられていると意識しただけで、熱くなった顔は水ごときでは静まってくれそうになかった。
「だんだん慣れてきたけど、やっぱりまだ慌てるとダメだな」
「わかりますよ、私もです」
 なんとかその浮ついた方向から話題を逸らそうとこちらから振ったのは正解だったらしい。話題が離れているかと言ったらそうではないのだが、それでもリーブは歯の浮くような言葉をいったんは止めて、苦笑いを浮かべた。
「なんでこんな面倒なことしながら食べなあかんのやって思いながら毎回やってますよ」
「しかもあんたの場合、たいていややこしい話しながらだろう。よくわからなくならないな」
「なんですかね、体が覚えてるんですかねえ。それにこれらの儀礼というか、そんなんにも理由があるので、それを思い出しながらやると結構うまくいきます。あっ、でも味はようわからんですね、そのときは」
 未だぎこちない自分とは違って慣れた手つきで魚を切り分けると口に運び、んーおいし、なんてその渋い顔に子供のような笑顔を浮かべるリーブは、とても会合や仕事の時の彼と同じ人物とは思えないほどに無邪気だった。そういった場で、こういった料理を食べる時は、いつも冷静かつ泰然とした笑みだけを浮かべているからだ。まるで王様のリーブと、少年かなにかのリーブのが二人いるんじゃないかとさえ思う。
「だからこうしてクラウドさんと来てるんです」
 少年のリーブは言った。
「クラウドさんと一緒に食べると五倍おいしくなりますから」
 少年じゃない、これは伊達男だ——と、クラウドはまた頬が熱くなるのを感じながらそう思った。しかも野放しにしてはいけないタイプのそれだ。
「……だからそういうこといきなり言うなって。わからなくなるだろ、いっぱいいっぱいで」
「それは光栄ですね、私のことでいっぱいになってくれるとは」
 先ほどの無邪気な笑顔からは想像もつかない、まるで雄の色を隠そうともしない表情に、クラウドはもう完全に目を伏せてしまった。
 ——結局こうなるから、リーブとご飯を食べに行くのは気が進まないのだ。場酔いなのかそうでないのか知らないがこうして勝手に毎回リーブのスイッチが入るし、クラウドもクラウドで雰囲気に圧されてしまって、やり過ごすことができなくなる。
「口説くか食べるか、どっちかにしろ」
 せめてもの抵抗で放った言葉は結局膝に広げた上質なナプキンに落ちるだけで、目の前の狼にはまるで届きもしなかった。

三度の飯が好き

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