ミディールのおなか痛いクラウドちゃん / アバランチ組 / 文庫ページメーカー
おなかいやだ、おなかいたい——ミディールに顔を出すようになってからしばらく、クラウドはそう呟くようになった。
例によって魘されているときだ。タイミングやきっかけはよく解らないが、虚空を見つめてひどく哀れな声音でそう絞り出す。
まるでむずがる子供のように首を振るものだから、最初は本当に痛いのかと思って薬を飲ませたりしたのだが、本当に腹を下しているわけではないらしい——そうドクターは言った。
「彼の記憶からくるものかもしれないね。お腹に怪我をしたことがあるとか、そういうことはなかったかね」
「村にいたときはなかったわ、確か。あったら話題になってるもの。ずっと小さい頃のはわからないけど」
真っ先に答えたのはティファだった。例によっておなかが痛いと魘されるクラウドの、だらりと力が抜けた手を握ってやっている。
「オレ達と旅し始めた後も、腹下したりはしてねえしな。怪我するようなヘマも」
バレットもティファの後に続けて答えた。クラウドは確かに、バレットに比べてずっと敵やモンスターとの距離が近いが、急所である腹を晒したり、撃たれたりするようなことは無かった。
となると疑わしいのは、村を出てミッドガルに行った後のことになる。
「軍にいたんだったか」
「ええ、……はい、そうです」
ティファが、たぶん、という言葉を噛み殺したのが嫌でも解った。だがドクターは気付かず、話を続ける。
「カルテが残っていたら良いんだが」
「辞めちゃったから、残ってないかも……」
「機密扱いだろうしな、残ってても厳しいんじゃねえか」
「それもそうか。……なんとかしてやりたいんだが、こればっかりは難しいな。むやみに鎮痛剤を飲ませても本当に胃がやられてしまうだろうし、ひとまず眠れるようにしてあげよう」
ドクターは、聞き慣れない薬の名前を看護師に告げ、点滴の準備をするように伝えた。手際よく準備が整えられ、血管の浮いた白い腕に針が埋められていくのを見ながら、バレットは隣に座るティファに視線を向ける。
——たぶん、ケット・シーを操作している人間に頼めば、クラウドのカルテは見られるに違いない。ティファもそれに気付いている。だが敢えてそうしなかったのは、まだ彼女に向き合うための心の準備ができていないからだろう。
それはバレットも同じだった。もし、カルテが存在しないとか、全く別人だとか、今までのクラウドを否定するようなものが出てきてしまったらと思うと、怖くて怖くてたまらない。確かにクラウドはクラウド本人だと信じているし、信じたい。それでも怖い。今まで彼に向けてきた情も何もかもが消えて無くなってしまうかもしれないと思うと、叫び出したくなってくる。
「——うん、大丈夫だね」
落ち込みかけた思考に割り込んできたのはドクターの声だった。視線を上げると、脈を測っているらしいドクターと、穏やかな呼吸だけを繰り返すクラウドの寝顔がある。
「眠ってくれたよ」
「……ありがとうございます」
「助かるぜ、先生」
「痛がる患者をなんとかするのが私の役目だからね。——前から使っている薬ではあるが、何かあったら遠慮無く呼びなさい」
消毒液のほのかな匂いを連れ、ドクターと看護師がベッドの置いてある部屋を出て行く。
三人きりになった部屋に響くのは、ただクラウドの寝息だけだった。