トレーニングするリーブさん / リブクラ / 文庫ページメーカー
WRO局長の朝は早い。
といっても職人めいた早さではない。ただ人よりも二、三時間ほど早く起きて、朝の時間を有効活用しているだけである。
「はっ、はっ、はっ、……っさすがに、ひさしぶり、だと、はっ、しんどい、ですねっ」
「喋るともっとしんどくなるぞ」
自分とは至って正反対、特に何も堪えてなさそうな恋人は、至極まっとうなアドバイスをすると、その涼しげな相好は崩さないまま、リストバンドで汗を拭う。
「最近忙しかったからな、しょうがない」
「へっ、はっ、ま、っそうなんです、……っけど」
「だから喋るとしんどいぞって」
そう言われても、とリーブは必死で足を動かしながら頭の中で反論する。現場から離れて事務仕事が多くなってきたからと始めた毎朝のトレーニングは、どちらも多忙を極めるリーブとクラウドにとって、貴重なコミュニケーションの時間だった。だから隙あらば会話したいし、スキンシップだって取りたいのだ。
すると、隣を悠々と走っていたクラウドはそのリーブの心持ちに気づいたのか、ちらりとこちらを見て言った。
「気持ちは分かる。俺だって話したい」
「っほんなら」
「でもそれであんたがへばって途中でやめちゃトレーニングの意味がない。きっちり無理せず全身バランス良く鍛えてこそ健康につながる。俺とできるだけ長くいたいんだろ」
「はひぃ……」
ぐうの音もでない正論だった。その通りですと諸手を挙げ、リーブは結構容赦のない専属トレーナーの後ろを追いかける。
それにしてもクラウドの走るその姿は、きっちり軍隊で仕込んでもらったせいか実に模範的なものである。俺は長距離向きだからとこのトレーニングを始めるときに言われたがまさにその通りで、ハーフパンツからすらりと伸びている足はさながら、延々と獲物を追いつめていく狼かその類の肉食獣のようにしなやかだ。その体に組み込まれている細胞の機能もきっとあるのだろうが、無駄なく筋肉を使っているという言葉がしっくりくる。普段履いている大きなブーツではなく、スニーカーであるせいもあってか、その足運びはまるで体重を感じさせない。
「——リーブ」
その足がくるりと綺麗にターンした。かけられた声に顔を上げたら、淡々と走っていたクラウドがこちらを向いていた。器用なことに後ろ向きに走っている。
「っなんです、かっ」
「久々だから、今日はストレッチ多めにしよう。会議室で筋肉痛になるのもイヤだろうし」
「っはひい」
「うん、いい返事だ」
クラウドはまたくるりと前を向く。
「……それに、あんたとたくさんスキンシップしたいし」
「!!」
そして次の瞬間聞こえてきた言葉に、リーブは思わず足に力を込めた。ぐいと追い上げてクラウドと並び、はにかんだ横顔をじっと見つめ――そして足から力が抜けた。
「はっ、はっ、むり、むりで、……っはあ」
「急にペース上げるからだ」
へなへなと減速したリーブに合わせてくれながら、クラウドはさも楽しそうに笑う。
「家まで頑張ろう」
「はひぃ……」
「きつかったら歩いていいから」
「はひぃぃ……」
言うとおりにしますと覚束ない言葉で吐き出したら、リーブのプライベートなトレーナーはにっこりと笑った。