[2019/03/25]シドクラ

古代種の神殿後 セフレシドクラ / シドクラ / 文庫ページメーカー

 布団がめくられたときは、きっとしなくても一緒に寝たいとか、そういう気分なんだろうなと思っていた。今までに何度かそういったことがあったし、シド自身も「そういうこと」はせず、湯たんぽないしは抱き枕として添い寝だけした夜も何度かあったからだ。
 だが、布団に入ってきた相手がのしかかってきたこと、そしてぎょっと振り向いたシドの唇を不意打ちに近い形で塞いできたことで、眠気に傾きかけていたシドの意識は現実に引きずり戻された。
「っおい、おいコラ、どうしたよ」
 なおもねだるように唇を合わせてくる身体を引き剥がすと、暗がりに慣れた目を向ける。
「クラウド、おまえ、どうしちまったんでい」
 明かりの乏しい部屋でも白いと解る頬を両手で掴んでやりながら問いかけると、完全にシドの腹の上に乗っていたクラウドは、わずかな明かりすらもきらきらと複雑に跳ね返す、魔晄色の瞳を揺らした。
「……シド、シド、たのむ」
 その口からこぼれだしたのは、普段のクラウドからは想像もつかないほど弱々しい声だった。
「頼む、……俺を、抱いてくれ」
「ああ? いや、だってよ、今日はよぉ」
 さすがにダメだろ――と、昼間バレットから伝え聞いた話を思い出す。古代種達の神殿でのこと、そしてその後のエアリスの失踪があってか、合流して久しぶりに顔を合わせたクラウドは、ひどく疲れ、憔悴しているように見えたからだ。確かにシドも久々に欲を叩きつけられるんじゃないかと思っていたところはあるが、相手の身体に負担をかけてまでしたいとは思っていない。
 だが、クラウドはもう一回「たのむ」と言った。
「黙ってると、おれ、俺がおれでなくなる気がして」
「……」
「だから、抱かれれば、ぐちゃぐちゃになるから、何もかんがえなくていいから……頼むから」
 ぎゅ、とシドの寝間着にしわが寄る。昼間からは考えつかないほど震える声は、今にも泣き出しそうな子供のようだった。
 こりゃだめだ、おかしくなっちまってる。
 シドの直感はそう言っていた。
「お前さん、言ってることメチャクチャだぞ」
 だからちったぁ落ち着けと、宥めるようにその金髪を撫でてやる。
 だが、できるだけ優しく言ったはずのシドの言葉に、クラウドの喉が「ひっ」と鳴った。懇願の色が強かった表情が、みるみるうちに怯えに染まっていく。
「ぁ、あ、……ごめん、悪い」
「クラウド」
「ごめんなさ、……えっと、俺は、おれ……そんなこと言わないよな」
 シドの手から逃れるように力なく首を振ったクラウドは、最後にまた「ごめん」と言うと、半ば倒れるような動きでシドの身体から退こうとする。
 ぎ、とスプリングが軋んだ。
 だが、クラウドの身体は、いまだそこにあった。
「ぁ、え――」
「ったくよ、手間かけさすんじゃねえってんだ」
 また情けない声が出てくる前に、掴んでいた手首をぐいと引く。抵抗は全く感じられないまま、もう一度覆い被さってきた身体を今度は逆に組み敷くと、戸惑いの色を浮かべる瞳を真正面からのぞき込む。
「誘ってきたくせに、んなツラしてんじゃねえ。もっとやらしい顔しろ」
「や、らしい、顔」
「なんだよいつもしてんだろ。それとも忘れちまったか? ご無沙汰だったもんな、他を食ってなきゃ」
「っア」
 足の間に割り込ませた膝をぐいと押し上げてやれば、ここでようやく相手の喉から艶っぽい声が出た。
 そうだそれでいいと笑いながら、シドはほんのりと色づく首筋に歯を立てる。おかしくなったまま戻らないなら、せめてもう少しマシな方におかしくしてやったほうがいい。それはこの関係が始まってから、塵か何かのようにシドの心に積もってきた情が導き出した答えだった。
「お望み通り、ぐちゃぐちゃにしてやっからよ」
 いいな、と乱暴に言ったところでようやく、クラウドは陶然とした笑みを浮かべる。
 哀れな子供が娼婦になったのを見届けたシドは、誘うように開いたその唇を今度は自分から塞いでやった。

三度の飯が好き

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