カラスの憂鬱:一線を越えるカンセルさんとクラウドちゃん / カンクラ / 文庫ページメーカー
嫌というほど見慣れた魔晄色の瞳が、おどおどと揺れながら彼の瞳を見返している。
意外なことに怯えの色は薄い。むしろ何かを探るような表情を含んでいることに、カンセルは内心驚いていた。
もしかしたら、こういうことを経験したことがあるのかもしれない。
彼だってれっきとした軍人だし、カンセルが居た頃もそういう風潮が残っていた。加えてこの容姿である。軍時代はなかったとしても、カンセルと再会するまでにそういう相手ができたとしてもおかしくない。逃げようともせず黙っているのはきっと、カンセルの気持ちを――酔っ払っているのか本気なのかを確かめようとしているのだろう。
それなら話は簡単だ、と思った。
「クラウド君」
近くで顔を覗き込んだまま名前を呼ぶと、その肩がほんの少しだけぴくりと動く。
「オレ達けっこう良い関係になれると思うんだけど、どうかな」
「いい、関係、ですか」
あまり抑揚のない声が、相手のほんの少し色づいた唇から漏れた。
「オレ探偵だからさ、人脈には結構自信がある。もしかしたら、クラウド君の家族を守るための手伝いができるかもしれない。ほら、最近物騒だろ」
「……」
先ほどとは異なった揺れが、魔晄色の泉に広がった。表情はあまり動かないのに、両目はびっくりするほど素直で正直だ。
嘘は言っていなかった。カンセルとクラウドが居を構える新興都市は、暮らしぶりが安定してきた人間が増えるにつれ、影の部分もじわりじわりと色濃くなっている。生きるための犯罪には収まらない、悲惨な事件が増えているのも、住民達は肌で感じていた。自警団も組織されてはいるものの、なにしろ新しい街だから対応し切れていない部分が多い。
「その代わり、クラウド君はちょっと手に入りづらいものを持ってこれる」
「……ただのモンスターの素材ですよ」
クラウドの視線が、テーブルの上の袋に一瞬だけ向けられた。
「オレ達にとってはただのモンスターだけどさ、オレの依頼人にとってはされどモンスターなの」
「だから……だから、ですか?」
「それだけじゃないぜ。クラウド君が超好みだったっていうのもある」
敢えてあいつが言いそうな言葉を選びながら、どうかな、なんて大人の笑みを浮かべる。それまで戸惑いが色濃かったクラウドの瞳は、一瞬だけ何かを悟ったように見開かれたあと、静かに伏せられた。
「……わかりました。俺でいいんなら、……よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
カンセルはその黒い瞳を細めると、俯いてしまったクラウドの顎にそっと指を添えた。
「でもいっこだけ訂正な」
そして、できるだけ優しく上向かせる。
モーテルの安くよどんだ光を受けて、ソルジャーの証がきらきらと煌めく。
「クラウド君だからいいの」
固く結ばれていたクラウドの唇が薄く開いた。
その隙を突くようにして、カンセルは己の唇で深くクラウドの呼吸を奪うと、小柄な身体をそのまま後のベッドに押し倒す。抵抗も何もなくあっさりと横たわった身体に覆い被さりながら、自分のシャツのボタンを緩めた。
「優しくするから」
今まで見た瞳の中でも、一番綺麗な命の色が、カンセルの姿を映し出す。
大きな目に映る烏の男は、汚い大人の顔をしていた。