[2019/06/01]カンクラ

カラスの憂鬱:再会した二人 / カンクラ / 文庫ページメーカー

「――もしかして君、クラウド君?」
 後ろからそんな声をかけられた瞬間、全身が凍った。
 聞き覚えはあるがはっきりと思い出せない、しかし今の仕事の客ではないと言うことだけは解る声だった。声音はやたら親しげで優しそうだから、顔見知りではないわけがないのだが、どこの誰なのか顔も名前も出てこない。
 もし振り向いた先にいたのが村の人間だったら、かつての同僚だったら、クラウドはなんと答えて話をするべきなのかわからない。相手が一方的に知っているのならこちらとしては話を聞くだけで問題ないのだが、今回は明らかに知り合いだ。ティファやリーブならこういう時、あっさり切り抜けてしまうのだろうが、如何せんクラウドはそういうことに関しては不器用だった。
 だが黙っているわけにもいかない。クラウドは短く息を吐くと、フェンリルに向けていた足を後ろの気配に向け直す。
「……あ、やっぱりクラウド君じゃん。生きてたんだな、よかった」
 果たして、そこにいたのは気さくな笑みを浮かべた、全く見覚えのない男だった。
 髪も黒ければ目も黒い。肌は結構白いのだが、それもほとんどが色の濃いパーカーやシャツで覆われているので、やはり真っ黒という印象が目立つ。そして、そんな暗い色でほぼ統一されている割には、やたらと気さくで人当たりの良さそうな笑顔を浮かべているものだから、全体的に胡散臭いという印象が目立ってしまう。
 カラスみたいだ、とクラウドは思った。
「あんた誰だ」
 これは警戒するべき相手だと判断したクラウドは、なにがあっても対応できるよう間合いを取りつつ問いかける。すると男は「ええーまじか」と悲しそうに目尻を下げたが、それでもすぐに持ち直した。
「そっか、オレの顔見たことなかったもんな、クラウド君」
「……?」
「ほえら、えーっと、いっつもこういうのかぶってた」
 男はパーカーのフードをかぶると、そのまま鼻先まで隠してしまう。見えるのは口元だけだったが、なぜかそれで不思議と記憶の中から一つの名前が浮かび上がってきた。確かに顔は見たことがなかったが、この口元から放たれる声にはしっかりと覚えがある。
「もしかして」
「もしかして?」
「カンセル、……さん、ですか?」
 名前を口にしたとたん、フードの下から満面の笑みが現れ出た。
「正解。覚えててくれたんだ。よかった」
「カンセルさんも、俺のこと覚えてたんですか」
「あったりまえだろ。君みたいな子忘れるわけないって」
 クラウドの緊張が解けたのを見て取ったか、男は――カンセルはすたすたと軽い足取りで近くまで寄ってきた。クラウドよりもずっと背が高いのは相変わらずのようで、自然と見上げる形になってしまう。ただ、昔よりは自分の首の角度が浅くなった気がしなくもない。
「ちょっと伸びたか?」
 それはカンセルも気がついたようだった。「んー?」とのぞき込んでくるので思わず顔を伏せたら、爽やかな笑い声が降ってくる。
「シャイなのは相変わらずか」
 いきなりそういうことをされたら誰だってこうなると思うという反論は口の中にしまっておいた。代わりに、先ほどまで使っていたバインダーを抱えなおしながらぽそりと呟く。
「……カンセルさんも、エッジにいたんですね」
「うん? うん、そう、ちょっと前から。今のところ一番人が集まってるし、ミッドガルにも近いしさ。寮のモンで使えそうなの運び出すのに便利で」
 結局アパート借りちったぜとカンセルは笑った。
「そうだ、せっかく会えたんだし、このあと飯でもどう?」
「……別に大丈夫ですけど、俺でいいんですか」
 一緒に飯を食って楽しい人間はほかにもいると思うのだが。
 するとカンセルは笑顔のままさらりと答えた。
「君だからいいんだよ。配達屋やってんだろ? いろいろ聞きたいことも――」
「――」
「あ、待った、待ったって。そんな意味じゃないから、いやどんな意味だって話だけど」
 向けられた警戒心を読みとったのか、カンセルはわたわたと――ただ本気ではあわてていない様子だったが――両手を振ると、なにやら思い出したように上着のポケットに手を入れた。
「ほら、これ。オレの名刺」
 取り出されたのは何の変哲もない一枚の小さなカードだった。そこには名刺と言われたとおり、勤務先とおぼしき住所と電話番号、そしてカンセルの名前に加えてもう一つ、綺麗な書体で書かれている。
「……探偵事務所……?」
 ぼそりと読み上げたクラウドに、カンセルはまた人好きのする笑顔を浮かべてみせた。
「そう。オレ探偵だからさ、結構いろんなこと知ってんのよ」
 そして、骨張って大きな手をすっとクラウドの方に差し出した。
「これからよろしく。クラウド君」

三度の飯が好き

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