お弁当を作った将軍 / コルクラ / 文庫ページメーカー
「これを持っていけ」
ほれ、と包みを差し出したら、今まさに玄関に向かおうとしていた相手はキョトンとした顔をした。実に間抜けな顔だ、もう少し力を入れられんのかと思ったが、朝は気を抜くと大抵こういう顔になるのがどうしようもない実装らしいので、敢えて口に出すことはしなかった。
「……なんだこれ」
この間抜けな顔をした男は、包みを受け取る前にそう口にした。
「お前の昼飯だ」
「ひるめし」
「昼に食う飯だ」
「それは知ってる。なんで今日作ったんだ」
そして失礼にも、疑念のまなざしを向けてきた。どうやらいつもと違ったことをしたせいで、何かあるのではないかと疑っているらしい。いつもながらにして失礼な犬である。
「賞味期限が切れた食材があったんだが捨てるのが勿体なくてな。お前の腹なら大丈夫だろう」
「……」
「補足すると変な匂いはしなかった」
「それならいい」
ここでようやく、男の——クラウドの手が包みに伸びた。数字は信じずに感覚を信じるというのは人間としていかがなものだろうかとは思うが、こいつはそもそも人間と言うより理性の焦げ付いた獣のようなものだ。そりゃあ確かに、数字を言われてもピンとこないだろう。
「念のため胃薬は入れておいた。まあないとは思うが、腹を下したら飲め」
すんすんと自分でも匂いを嗅いでいたクラウドは、薬という単語を聞いてほんのわずかに眉根を寄せる。だが突き返そうという気持ちはないようで「大丈夫」と答えた。
「あんたが大丈夫って言うんなら大丈夫だ」
「……そうか。ではさっさと行け。帰ってくるときはちゃんと連絡しろ」
「もうちょっとしたら食う」
「話を聞け。あとそれは昼飯だ」
「行ってきます」
意思の疎通が何一つ成立しないまま、クラウドは玄関からさっさと出て行ってしまう。相変わらずの行動の読めなさに、眉間の皺が一層深くなるのを感じたが、今更言ったところでどうしようもないというのは、これまでの暮らしでよく解っている。
それに今日は機嫌が良さそうだった。何か余計なことをして拗ねさせるのも、後々面倒になるだけだろう。
(少しは人間らしい顔ができるようになったか)
見間違いかもしれないが、あの瞬間、僅かに口角が上がっていたようだった。泣いたり拗ねたりすることはあったが、今まで一度も見せたことのない顔だ。
「……ふ」
柄でもない感情に思わず口の端を緩めながら、コルは自分の準備を進める。
彼の端末に「うまかった」というメッセージが飛び込んできたのは、それから一時間後のことだった。