[2019/06/03]カンクラ

カラスの憂鬱:こっそり調べるカンセルさん / カンクラ / 文庫ページメーカー

 全てを出し切った身体は泥のように眠っているようだった。
 頭を撫でてやっても何も反応せず、呼吸のリズムも変わらないのを確認すると、カンセルは静かに寝床を抜け出した。パーカーを羽織りズボンを穿くと、極力音を立てないように外に出る。
 深夜を過ぎたモーテルは酷く静かだった。他に泊まった客もすでに寝静まっているらしい。カウンターにも人はおらず、ただ空っぽの空間をオレンジ色のライトが照らしているだけだ。好都合だと心中で呟くとそのままモーテルを出た。
 向かう先は駐車場だ。埃をかぶった車や壊れかけたトラックに混じって、黒々とした車体が奥に見える。ポケットに入れた煙草の箱を取り出し一本咥えて火を点けると、カンセルはその車体の側に立った。
(……でっかいな)
 まさにモンスターバイクという名前が相応しい車体だ。今まで同じような車種を見たことがないからきっと特注なのだろう。太いタイヤは悪路もモンスターもきっと難なく乗り越えてしまうに違いない。
 何より目を引くのは両脇のホルダーだった。前輪を抱える無骨な腕にも見えるパーツの隙間からは、幾重にも並んだ金属の刃がのぞき、時折思い出したかのように点いては消える街灯の光を鋭く反射している。
(三本……いやそれ以上あるか。仰々しいことで)
 煙草の灰を落とさないように気をつけながら、その造形をじっくりと観察する。そして尻ポケットに入れていた端末を取り出すと、数枚写真を撮った。外は暗いが写りはまあまあだ。こんなものでいいだろう。
(おっと、そろそろだな)
 フィルターのすぐ手前まできていた火に気づき、カンセルはカメラを仕舞った。そして携帯用の灰皿に吸い殻を落とすと、元来た道を戻っていく。
 部屋の扉をそっと開けると、未だベッドの主は眠っているようだった。再び上着や下履きを脱いで空いたスペースに潜り込んだところでようやく、もぞりと温もりが反応する。
「……ん」
「悪い、起こした?」
 寝返りを打とうとした身体を後ろから抱き込む。
 自分が誰とどこに居るのかを思い出したらしい彼は力を抜くと、甘くかすれた声で「たばこ?」と聞いてきた。
「そ、ちょっと一服しに」
「……」
「苦手?」
「……ちょっとだけ」
「そっか」
 こっち向いて、と耳元に囁く。さっき途中で止めておいて勝手な奴だと自分に呆れてしまったが、それでもクラウドはもぞもぞと寝返りを打ってくれた。まだそういったことを考えられるだけ、目が覚めていないらしい。
「苦手なものは克服しなきゃな」
 くいと顎を引き寄せてそのまま唇を塞ぐ。力の入っていない口を舌で割り開いて思う存分かき混ぜてやれば、抱えた身体がじわりと熱を持つ。
「ッ、ん、……にがい……」
「苦い? 嫌か? 気持ちよくなってるのに?」
「……ぅ」
 意地悪、という囁きと共に、とろんとした魔晄色がカンセルを捉える。嫌がる様子はないことを確かめて剥き出しの胸をまさぐると、げんきですね、なんて言葉と共に白い腕が首に巻き付いてきた。
「まあね、お兄さん若いから」
「……」
「そこは何か言いなさいよ」
 抗議の声を上げながらも自分よりも小柄な身体を組み敷く。こんなナリなのにあんなでかいバイクを振り回しているのかと思うと、つくづくとんでもない身体になってしまったものだ。
(人のことは言えないけどさ)
 小さく抑えた甘い声を耳の奥で転がしながら、カンセルは目の前の身体を暴いていく。
 ちくりと胸を刺した罪悪感は、すぐさま快感の波に押し流されていった。

三度の飯が好き

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