少甲佐どのと自機
ウルダハから逃げてきたばかりの頃
ゆっくりとゆすられる感覚に、微睡みに浸かっていた意識が浮上する。
とろとろと瞼を引き上げると、目に入ってきたのは白い壁と海を切り取ったかのような大きな窓、そしてそれらを背景にこちらを見ている整えられた髭の男の顔だった。
「おはよう」
大きな手が伸びてくる。葉巻と潮、そしてちょっと焦げ臭い香りに頬を撫でられてまたうとうとと目を閉じると、今度は苦笑いが飛んできた。
「まだ寝るの?」
「……んん」
「あれだけ動いたからしょうがないかな」
男の言葉に眠りに落ちる前のことを思い出そうとしたが、胡乱な頭ではままならない。答えることができずに黙っていたら、また暖かくて重たいものが頭に乗せられる。
「いいんだよ」
「んー……」
特に怒ってはいないようだ。その言葉に甘えて、掛け布団を抱え込みすうと息を抜く。
「好きなの?」
だが、意識を手放す前にまた言葉が飛び込んできた。
男は近くに座っているようだった。軽装越しでも解るがっしりした腰と尻が近くにあるが、顔は見えない。
「君が握ってるそれ。服」
「ふく……」
「僕の上着。出かける前に欲しいって言ったでしょ」
言っていることがよく解らない。なので少しだけ顔を動かし、自分が抱え込んでいるものを改めて見てみる。目に入ったのは鮮やかな赤、そして黒。確かにブランケットにしては珍しい色だ。布地も少し硬い。
「……?」
これがほしいと強請った記憶はまるでない。眉を寄せると、再び苦笑いが降ってきた。
「ほんとに覚えてないの? じゃあ返して」
「やだ」
ほどよく暖かいし、なんだか良い匂いがする。今日一日いらなかったんなら今からだっていらないはずだ、と自分でも訳のわからないことを言ってさらに抱き込んだら、「もう」と溜息交じりの声がひとつ落ちてきた。
「好きなんだねえ」
男は指の背で頬に触れてきた。シーツのこすれる音と共に体勢が変わり、男の顔が近づいてくる。柔らかい口づけが目許に、頬に、そして耳に降り注いできて、思わずくすぐったいと顔を埋めて逃げようとしたら、今度は顎を捕まえられた。
「ん」
息が盗られる。
物腰とは正反対の乱暴な侵略にされるがまま口を開け、舌を、歯を、口蓋を舐られ、溢れる唾液もそのままにただ与えられるものを受け止める。起きたら何かをしようと思っていたはずだが、それを思い出す間もなく男が完全にベッドに乗り上げてきた。
男の手が上着を剥ぎ取り脇へ放る。素肌が空気に触れ、心細さと恥ずかしさに身体を丸めたくなったが、足の間に割り込んでくる男の身体にそれもできない。
「恥ずかしがってる? かわいいね」
余裕のある含み笑いだ。だがそれに文句を言う隙も、思考も与えてもらえない。シーツの上に逃がそうとした手もまとめて抑えつけられて、藻掻くこともままならなかった。
——もっとも、この朦朧とした頭で何かできるとも思えないのだが。
「今日はずっといるから」
寂しくないよ、と耳元で囁く声は、蛇の声にも似ていた。