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葬儀のあとの自機とハスタ
黒渦団のおしごとです

 今日の隊長は機嫌が悪い。
 理由は明白そのもので、あのいけすかないシェーダー野郎が死んだと思っていたら生きていたからだ。いや死んでいてほしかった、という理由では決してない。顔を合わせれば喧嘩になるとはいえ、見知った人間が何の落ち度もなく理不尽に命を奪われたら胸くそ悪いし、何より隊長の表情のない顔は見ていて辛かった。
 だから、生きていてくれたことについては不本意ながら感謝をしているが、友人であるにもかかわらずに何も共有してもらえず、強いて言うならばたちの悪い嘘を吐かれたことで怒りに怒った隊長のそばにいるのは、正直少し怖い。しかも、偽装で執り行われた葬儀の最中に起きた大捕物で、運悪く肩が外れるという余計なおまけまでつけられた日には、ハスタルーヤなら暴れ散らかしている。
 そんなタイミングで強行捜査なんて案件が来た日には——推して知るべしだろう。
「黒渦団だ! 開けろ!!」
 ボロい家屋の扉を叩く。だが予想通り応答はない。如何しますか、と視線で伺うと、緑の瞳はただ「ぶち破れ」と言った。
「許可はある。二、三人口がきける程度に残せ」
「了解、です!!」
 声とともに手に握った斧を振り上げ、振り下ろす。ろくな補強もされておらず、見た目通りの強度だった扉はあっけなくバラバラになった。こちらを伺っていたらしい男が運悪くぶっ飛ばされて、奥からうひい、という汚い悲鳴が上がったのが聞こえたが構わず雪崩れ込む。
 隊長達のような神殺しの域ではないにしろ、彼らも彼らなりに経験を重ね、練度を上げてきた。しかも今日は隊長がいるのだ。かつてのように、海賊崩れの奴隷商人どもにひけを取るような集団ではない。
「——制圧!」
「制圧!」
「こちらもクリアです!」
「よし」
 各員の声を受けて、風通しの良くなった扉を、右手を吊り上着を肩にかけた隊長がゆっくりと入ってきた。硬質のヒールに踏みつけられる古ぼけた木の床の音が、ハスタルーヤが抑えつけている頭目と思しき男に近づいてくる。その男の肩には、先程隊長が放り投げたばかりのナイフが突き刺さっていた。
「あーちょっとずれちゃったな……ジャックさんに怒られそう」
「てめえ」
「ああ怒鳴り声はいいよ、罵倒もお腹いっぱいだ。そういうのは後で担当官にたっぷりぶつけてくれ。——治療師手配した? ならいい」
「メルウィブの犬が」
「だからお腹いっぱいだって言ってるだろ」
「情けでもかけたつもりかよ」
 ただ見下ろしていた隊長は、その一言で眉を寄せ、僅かに首を傾げた。
「情け?」
「あの女の考えそうなことだな、今更良い子ちゃんぶったって変わんねえのによぉ!!」
「それは違う」
 隊長が、ぐ、と屈む。消毒液と包帯の匂いが一気に近づいてくる。
 普段は森のような、今は只管に深い沼のような色を湛えている双眸が、汚らしい男を見据えていた。その表情はただただいつも通りの隊長らしく穏やかそのものなのだが、それが却って、いやに恐怖を掻き立てる。普段の隊長を知らない男も、その圧に気がついたらしい。睨みつけていた視線におびえが混じっている。
「あんたが俺のせいで死ぬと、書かなきゃいけない書類が一枚増えるんだ」
「は」
「普段ならそれで済ませるんだが、今はほらこれだから、あまり書き物を増やしたくなくてね。利き手じゃない方で書くと肩が凝るから」
 ぐぅ、という呻き声が聞こえた。突き立ったナイフを唐突に引き抜かれた男の悲鳴だった。素早く振って血糊を払うと、隊長は再び立ち上がる。
「——それに、汚い文字が公的文書に残るのは誰だって嫌だろう」
 ヒールが傷口に食い込み、一層うるさい悲鳴が聞こえた。
 ハスタルーヤは痛みで飛び跳ねる身体を押さえつけると、手早く拘束して無理矢理立たせる。丁度迎えに来た別働隊に引き渡し、残った書簡を回収させれば、ハスタルーヤ達の仕事は終わりだ。
「お疲れ様でした」
「うんご苦労様。あんまり動けなくて悪かった」
「いえとんでもない。こちらこそ治療の前に割り込んでしまって申し訳ありません」
「急ぎだったからしょうがない。……よし撤収! あとは担当に引き継ぐ!!」
 各隊員の応答を受けて、赤と黒の裾が翻る。
 足早に小屋を出ていくその背中を追いかけながら、ハスタルーヤはシェーダー野郎に今後襲いかかるであろう荒波の気配を感じとり、柄にもなく祈りを捧げるのだった。

三度の飯が好き

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