※暁月のフィナーレネタバレあり!※
浜辺でやりあってる自分を平凡だと思っている、実際(ある程度の基準では)平凡な自機
自分は平凡である。それは周りを見ていればよくわかる。巴術を学んだのはごく最近、召喚士としての資格を得ることができたのも知り合いのために蛮神討伐に同行した偶然の産物。幼い頃より研鑽を続けている魔術師たちに比べたらエーテル保有量もそれほどでもないし、なにか革新的な技術を編み出せるようなひらめきも土台もない。あるとしたら商人の頃からの教訓と癖、それだけだ。
「——ッ分が悪い!!」
きらきらと散った障壁を払いのけるように一発放ちながら叫ぶ。大雑把な狙いではあったがなんとか頭部とおぼしき場所を吹き飛ばし、動きを止められたことをかろうじて視界の隅で確認しつつ、再び襲い来る棘や焔や水の塊を最低限の障壁で食い止める。全てを防ぐ必要はない、弾道から害を及ぼすものだけを判断して防げばいい、むしろそうでもしないと回らない。
「要請! 報告!」
『返答あり!! 通ってます!!』
雪か氷のように空を彩る破片の中、極力切り詰めた単語を叫ぶ。部下はしっかり理解してくれた。
『同盟軍が要請を受理、周辺の冒険者にも要請済み!! 部隊到着までおよそ五分、それまでどうか!!』
「……了解!」
告げられた時間を噛みつぶしながら体内のエーテルを燃やす。
砂浜は最早有象無象の異形で溢れかえっていた。不審な帝国の漂流船が漂着したとの報告が入ってからすぐ、船に潜んでいた獣どもが一斉に沸いて出たのだ。帝国からの避難船の中に獣が紛れ込んだかそれとも転じて連鎖したか、そのどちらかは解らないが、船から溢れた獣たちは海岸に居た人間を襲い、殺し、そして連鎖させた。召喚士か黒魔道士を、という要請の意味は急行したその瞬間に察した。
岩壁で作り出した障壁が獣の足を阻み、イフリートが燃やしていく。だが焔が駆けることでようやく見えた砂浜はすぐに赤黒い肉に覆われる。浜に広げた地雷の陣や風の枷で足止めもしているが、自己増殖するものが紛れているせいで総数は一向に減らず、逆に倒れた獣の身体を乗り越えてくる始末だ。
増援が到着するまでにせめてその母体、もしくは分裂・増殖するような種類だけは叩いておきたい。現状それとわかるのは、群れの広がり方や行動から推測してもっとも奥、座礁した船のほど近くでうごめく大きな個体なのだが、産み散らかされる有象無象があまりに多すぎる。
「本ッ当に——」
とことん分が悪い。確かに広範囲を焼き払うのは召喚士や黒魔道士達の十八番だ。だが今回のような案件は、使っても使っても溢れ出てくる潤沢なエーテルを持っている人間達の領分であって、自分のような平々凡々なキャスターの領域ではない。しかも獣への転化を防ぐために余分な随伴はなしときた。信頼が厚い証拠だと思うことにしたがその信頼も正直身に余る代物だ。
タイタンの力で背後に壁を隆起させ、万が一の漏れもないように囲い込む。退路がなくなった形ではあるが、その時はその時だ。今は支援が来るまで周りに被害を拡大させないことが先決。五分、いやもう四分ほどだろうか、耐え抜ければそれで——
「——っづぅ!」
だが、めまぐるしく動く頭は突然割り込んできた痛覚に邪魔をされた。防ぎきれなかった楔が横腹を抉っている。弓兵の芸当をする個体の増加が予想よりも早いことに舌打ちすると、痛みを無視しながら獣に埋もれるように暴れていたイフリートを戻した。
『隊長!』
「問題ない! 状況!」
『飛行型未だおりませんー』
『浜から出てきたやつもいませんね、封じ込めはできてます。少しは手抜いたっていいんですよ隊長』
『たった今同盟軍を観測! 到着予測三分!』
「了解! 到着したら壁を壊して中に入れろ!」
イメージするのは同じく炎。だが、炎が象るのは四足の獣ではなく、大きく翼を広げた鳥だ。イフリートがいなくなったことで勢いづいた獣の波を、一気に呑み込むようにして舐め尽くした炎から生まれ出たのは、晴天に朱く映える不死鳥だった。
「到着までできるだけ数を減らす! 奥の母体に砲撃しろ!」
『その距離では隊長が危険です!』
「フェニックスがいる、構うな!」
ぐ、と通話の先が詰まった。だがそこで躊躇うような育て方はしていない。もちろんこちらへ誤爆するような腑抜けた砲兵も抱えちゃいない。
「よし——」
——自分は平凡である。潤沢な魔力も、革新的な技術も、強靱な肉体があるわけでもない。あるのは召喚の技術と、自分というリソースの使い方だけ。
「出し惜しみは仕舞いだ」
資源は使うためにあるものだ。使うべきところで温存しては、腐ってこちらに跳ね返ってくる。
リンクパールの先で粛々と準備が進められる様子を聞きながら、彼は血生臭い潮風を大きく吸い込んだ。
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