刑事モノのやつ 我慢できなかった
自機とタイニーちゃんだけの特にヤマもオチもない話
一人の夜は苦手だった。静かな闇に押しつぶされる気がするからだ。一人でマットレスに横になっていると、突然大きな音がしないか、身体を揺らすようななにかが落ちてこないか、気になって気になってしょうがなくて息が詰まる。最近やってきてくれた猫も最初の運動会を終えたらあとは自分の好きな場所で寝ているから、結局一人の時とあまり変わらない。ちなみに今日は着換えの入ったトランクの中を寝床に選んだようで、入れたはずのシャツが床に何枚か散らかり、トランクの縁からはぴょこんと耳が見えていた。
(あとで毛取んなきゃ……)
クァールの幼獣なだけあって、短いがしっかりとした毛はなかなか手強い。それもそれで可愛いところではあるが、朝の時間は少し厄介だ。まあ、あまり遅くまで寝ていることはないから、それほど焦ることもないのだが。
「…………」
ふー、と溜息を一つ。見遣った時計はそろそろ夜明けを示している。
今日は猫が少し長めの運動会をしてくれたおかげで三時間ほどうとうとできたようだ。こうしてゴロゴロしていても疲れるだけだから起きてしまおうとマットレスに手をついた。
猫を起こさないように静かにキッチンへ向かう。パンを切り出しサラダを千切り、フライパンに油を敷いて卵とソーセージを落とす。小気味よい音を聞いているうち、だんだんとブラインド越しの空が白んできた。
味気ない食事を頬張っていたら、ご飯の匂いにつられたのか眠たげな目をしたタイニークァールがぽてぽてとやってきた。こちらの足にすりりと身体全体をこすりつけた後、なぁんと一声鳴く。この声は朝ごはんの催促だろう。自動餌やり器の音が聞こえてこなかったから、中身が空になっているのかもしれない。
「ごめんごめん、食べちゃうからちょっと待ってね」
こちらの言葉がわかっているのかいないのか、んるるん、と鳴いた猫は勢いよく膝の上に乗ってきた。ソーセージを狙っているのかすんすんと鼻を動かしている。身体に悪いからだめだよと湿った鼻を優しく押しやりつつお腹に仕舞いこむと、食器を纏めて重ねてシンクへ持っていく。
足元にくっついてくる猫を踏まないようにしながら、猫の餌を入れている棚に屈み込むと、大きな袋を一つ取り出した。途端、ぷわぁんと猫が嬉しそうな声を出す。
容器の中を粒が叩く硬い音と、待ちきれないと言わんばかりに自動餌やり器に猫パンチが叩き込まれる音をぼんやりと聞きながら、再び窓の外を見遣った。
夜明けを迎えた外は明るい。ブラインドの隙間から差し込んだ光が、空っぽの棚を照らしている。買ってしばらく経つものの、未だに入るものはない。このままでは猫の遊具だ。いい加減引っ越したときのままの荷物から入れないといけないとは思っているけれども、未だに気が進まない。
「……っあー」
だめだ、やはり一人の夜の後は気が滅入る。勢いよくご飯を食べている猫から離れてゴミを捨てると、シンクの食器を洗ってそのまま洗面所——ではなく、寝室に戻った。放り出されている携帯を掴むと、メッセージアプリにてちてちと打ち込む。
『今日の夜暇?』
朝早くだというのにすぐに既読のマークがつき、やがて返ってきた『暇だぞ』という短い言葉ににんまりと笑う。
『たくさんえっちしよ』
了承の返事はすぐだった。これでよしと画面をロックし、猫の名残がはっきりと見て取れるトランクから着換えの下着を引っ張りだす。
一人の夜は好きじゃない。だが、一人じゃない夜は大好きだ。
先程までの陰鬱な気分は綺麗に吹っ飛び、鼻歌交じりで風呂場へ向かう。そして今日も無事に終わってほしいな、という淡い期待を抱きながら、勢いよくパジャマを脱いだ。