大闘佐の提案

迦陵頻伽ちゃんのあとのはなし 
スウィフトさんのおもいつき

 過保護である。
 スウィフトから出る感想はその一言に尽きた。自分も小さい頃近い扱いは受けていたような気がするが、それにしたって過保護である。相手が怪我人で、目もまだ見えておらず人の手を借りる必要があるからといって、そこまでするほどかと思ってしまう。
「暑くねえか? 空気籠もってきたし窓開けような。風当たるといけねえからこれ着とけ、さっき乾いたばっかりだってよ。トイレは平気か? 朝一回だけだったよな、オレも行きてえし今一緒行っとこう。戻ってきたらみかんあるぞ、剥いてやる」
 流れるような言葉にスウィフトは目頭を抑える。別に普段から周囲に噛みついてばかりの人間が、優しくかつ甲斐甲斐しい姿を見せていることに感動したわけではない。端から見れば小さい子供を甘やかしているような態度と、普段のそれとの差に頭痛がしたからだ。
「……なあ貴殿」
「あ?」
 丸く縮こまった身体を軽々と抱えて戻ってきたキーンは、一瞬前とは打って変わって剣呑な視線をスウィフトに向けてきた。
「んだよ」
「仕事」
「いやだ」
 足も手も止めずに部屋を出る前と寸分違わない状態に戻していくキーンは、全て整え終わると言っていたとおりにみかんを剥きだした。長い指がさくさくと器用に鮮やかな橙の皮を裂いていく。
「彼の世話なら薬学院に頼めば良かろう」
「何されるか解ったもんじゃねえ」
「治療のプロだぞ」
「ここをどこだと思ってんだよ、ウルダハだぞ。信用できねえ」
「貴殿な」
 キーンの言わんとしていることは解らなくもない。実際ウルダハ出身と聞いているベッドの主も、みかんを口に放り込まれながら微妙な顔をしていた。だがここで引き下がるわけにはいかない、なにしろキーン名指しの仕事が山を作り始めている。このままだと崩れてこちらに被害が及ぶのも時間の問題だ。
「貴殿が仕事をしないと大甲士殿の復帰後が大変なことになるのだが」
 この言葉は覿面だった。大人しくもぐもぐと口を動かしていただけの彼が、まるで電撃でも受けたかのようにキーンの方を向く。そして手探りでキーンの手を探し当てて、ぎゅむ、とだいぶ強めに握ったのが見えた。
「あ? 行かねえよっていでででで!! んだよ逆かよ行けってか?」
 思いっ切りつねった後にぶんぶんぶんぶん、と必死さすら感じさせる様子で縦に振られる首を見て、キーンが舌打ちした。
「……しょうがねえな。なんかあったらリンクシェル鳴らせ、いいな?」
 こくこくこくと頷いてぱっと手が離され、そしてひらひら振られる。行ってらっしゃいと言っているらしい。
「しばらく借りるぞ。職員に言伝を頼んでいこう」
「すぐ戻ってくるから」
「戻るのは最低限終わらせてからにしたまえ」
 また大きな舌打ちが聞こえた。だがもう反抗するつもりはないらしい。ちゃんと呼ぶんだぞともう一度言って、ほのかに柑橘類の甘い香りが漂う病室を後にする。
 言っておいたとおり受付に話をし、徒歩でフロンデール歩廊を抜ける。靴底がざりざりと砂を噛む音を聞きながらやはりどこか落ち着かない部下を見て、スウィフトはふと思ったことを口にした。
「身を固めたらどうだ」
「ハ? なんだそりゃ」
「貴殿がそこまで気にするのであればだ、さっさと身を固めてしまえばなにかと都合が良かろうに」
 前々から気にはなっていた。大甲士が何かに巻き込まれて治療院の世話になるたび、仕事を抜け出し様子を見にいっている。お互いのこともよく知っているようだし心を許しているようにも見えたから、それならばいっそ一緒になってしまった方が、休暇も取りやすくなるし控除やら何やらも受けられて楽になるはずだ。
「もちろん本人同士の気持ちが重要だが」
 と、思ったことを口にしていたら、だいぶ上にある金色はぽかんと間の抜けた満月になっていた。
「……なんだね」
「何言ってんだと思って」
「今までの貴殿らの付き合い方を見ていたら当然だと思うが。……でどうなのだ」
「いや考えもしたことねえし……それにあいつはそういうの嫌がるだろうし、オレもそういうことしたくねえ」
「そうか。いやいい組み合わせだと思ったのだが」
「都合の良いの間違いだろ」
 キーンはけっと横合いに吐き捨てると、慣れ親しんだ職場への扉を開ける。
「今日で終わるやつしかやんねえからな」
「それで構わん。よろしく頼む」
 もう一度盛大な溜息を残して、黒影の青年は隊舎へと消えていく。
「……さて、どうなるかな」
 誰へ向けたものでもない独り言を落とすと、スウィフトもまた己の執務室に向かった。

三度の飯が好き

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