エタバン後ぐらいの時系列 会議の合間に煙草吸う話
ちょっとだけ言及があった男の人の話はこれ
「ね、一本頂戴」
手すりに身体を預けるなりそう言ったら、今まさに火を点けようとしていたシェーダーの男は、金色の目をまん丸にしてこちらを見ていた。
「なに、そんな顔して。俺結構吸うよ」
「結構っつったって、んな本数吸わねえだろ」
「キンちゃんに比べたらね。ほら」
よこしてと手の平を上に向けてずいと差し出すと、キーンはその手へ黄金色を一瞬向けたあと、「しょうがねえな」と溜め息を吐いて懐を探る。出てきたのはくしゃくしゃになった紙の箱だ。それを何回か振って一本出した――はいいものの、キーンはそこで固まってしまった。
「……あれ、もしかして最後の?」
「……」
「いいよ頂戴」
「ばッ何がいいよだこちとらよくねァアア」
キーンが箱を引く前にさっと手を滑り込ませて、その最後の一本を抜き取る。さらに伸ばされる手を躱しながら口に咥えて、人差し指に灯した火を点けると、実に情けない声が挙がって思わず頬が緩んだ。普段は、特にさっきの会合だってあれほど武人然とした様子であるというのに、こういうときはまるで子供のように狼狽えるのがまた可愛らしくて仕方がない。
「ッはあー……」
リムサの空に立ち上る紫煙を見送りながら一息吐く。鬱屈した会合の合間、晴れ渡る空の下で味わう煙草ほど美味いものはない。確かにそれほど吸うわけではないが、こういう楽しみ方は解る程度にはたしなんでいる。
キーンはどういうわけかそれが気に入らない様子だった。自分でしこたま吸うくせに、こちらが吸おうとするとさっきのようにあまりいい顔はしない。もちろん一拍前の攻防は最後の一本だったから激しかっただけではあるが、そうでなくても最終的に折れるとは言え、快諾してくれた記憶はあまりなかった。
(……ま、理由なんて聞かなくてもわかるけど)
ぱふー、とまた一息吐き出しながら、未だにすこしだけしょっぱい顔をしているキーンをちらりと横目で見る。
この青年は、見た目で勘違いされがちだが優しく穏やかな夜のようなシェーダーの男は、残り時間を「調節」しているつもりなのだ。ただでさえヒューランに比べて長命なエレゼン族であり、かつ年下と来たもんだから、一人で生きる時間をできるだけ少なくしようとしている。だから煙草も止めないし、こちらが吸おうとするとちょっとだけ嫌な顔をするし、酔わないくせに大酒も飲む。
元から頑健な身体だし、正直なところ小細工にしか思えないのだが、それがまたいじらしくてかわいいと思えてならない。
「そんなことしなくてもさ、一緒に行きたかったら連れてってあげるのに」
「は? 何の話だ、買い物か?」
「うーんまあそんなとこ」
キーンは頭の上に疑問符を浮かべて、口元の煙草をぴょいぴょいと揺らしていた。それがどことなく、不貞腐れた不良のようで微笑ましい。
――そう、この男は自分のものだ。だから自分が星に還るときも、絶対に一人にしてなんかやらないのだ。もちろん向こうが還るときだって、無理矢理にでもついていく。一人で飛べなくなったのはキーンだけではないと、今際の際に思い知らせて、二人で連れ立って墜ちていってやる。
(あーあ、前はこんなんじゃなかったのにな)
煙で輪を作って遊びながら、以前とはまるで様変わりしてしまった心境に微かな自嘲の笑みを浮かべる。かつての自分に「一人に決めろ」と言っていた男がいたが、彼が今の自分を見たらどう思うだろうかとふと気になった。ようやっとかと溜め息を吐くか、それともやりすぎだと呆れられるだろうか。どうせ言わないから知るよしなんてないけれど。
「……はーすっきりした。ありがとね」
「返せよちゃんと」
「そのうちね」
「テメェ」
「ほら戻ろ、休憩時間終わるよ」
唸り声に背中を押されながら屋内に戻りつつ、最後のフィルターを脇に控えていたカーバンクルに燃やしてもらう。予想以上にいい気分転換になった、これなら後半戦も乗り切れるだろう。
一足先に今日の晩ご飯のことを考えながら、重たい扉を開けさせて、鴎と狸が待ち構える会議室へと戻るのだった。