とらじろのひ

 とらじろは猫である。名前はトラジロウだ。かいぬしはとらじろと呼んでいるから、とらじろだと思っている。とら、と名前がついているから、いずれはきっとかいぬしに連れて行かれた島で見た、あのでっかい虎になるつもりだ。
 とらじろの朝は早い。一緒に住んでいるタイニーのざりざりで目を覚ます。欠伸をしている間に首根っこを咥えられて階段を上った先、みどりいろの足にスリスリして朝ご飯をおねだりするのが日課である。
「起きたの? おはよう。ちょっと待ってね」
 まうーと返事をしたら、みどりいろが笑った。何か言ったあとに鳴いてやるとにんげんは――このみどりいろとかいぬしのことだ――にこにこしてごはんとおやつがふえる、というのはタイニーの教えだ。
「キンちゃん起こしてきてくれる?」
 いち早く動いたのはタイニーだった。まぉんと鳴いてすたすたと来た道を戻っていく。ゆらゆら揺れる太い尻尾を追いかけて、とらじろもまたよいしょよいしょと階段を下りていったら、ちょうどタイニーがかいぬしの上にずんむと落ちていくところだった。
「ヴォ」
 低く濁った声が上がったかと思うと、かいぬしがタイニーの着地したお腹のあたりを抑えながら悶絶した。満足げに下りてきたタイニーが戻っていくので、またそのあとについていく。
 かいぬしはちゃんと起きてきたようだった。どすどすと荒い足音がついてくる。一歩一歩の衝撃でとらじろの身体が浮きそうだ。
 一生懸命階段をのぼった先で待っていたのはおいしいカリカリだった。待ってくれていたタイニーと一緒に口いっぱいに頬張る。とらじろはまだタイニーと違ってカリカリをカリカリできないので、ぬるいお湯でふやかしてもらっているが、いつかタイニーのようにばりぼりと食べてみたい。
 かいぬしたちもいつの間にか自分たちのご飯を済ませていたようだった。いつもならどっちかがそのまま出かけていく――はずだったが、今日はなんだか違うようで、みんなのかたづけをしたあとも二人はそのままそこにいた。こんなにどたばたしない朝は久しぶりなので、かいぬしにお願いして日当たりのいい窓際にのせてもらい身体を伸ばす。
 そのまま穏やかな空気の中とろとろと目をとじて、はゎ、と起きたときにはすっかり日がてっぺんまできていた。これはとんでもない事態だ。ゆっくり起きて伸びをしてから慌ててまおまおと鳴くと、慌てた様子のかいぬしがまたどすどすと足音を響かせながらやってきた。
「なんだ、なんだとらじろ、下りてえのか? はいだっこなー」
 でっかい手に抱えられて下ろしてもらい、足首にすりよったら遙か頭上から「んぉ」と重たい音がふってきた。足をふみふみしてやるともっと変な音がするからおもしろい。そのまま座ってやったら、木みたいにでっかいかいぬしがそこから動かなくなった。
「おい、おい、ヒラキおい」
 かいぬしは突っ立ったまま、控えめなのかそうでないのかわからない声でみどりいろの名前を呼んだ。やがてかいぬしよりもだいぶ軽い足音でやってきたのは、エプロンをつけたみどりいろだ。
「なにどしたの」
「おい、ほら、コレ、撮れ」
「トームストーン置いてきちゃった」
「バァッ――」
「なにいまキンちゃんバカって言いかけた?」
「――ッば、っちり持ってこいっつの」
「まいっか」
 みどりいろはとたとたとどこかにいき、またすぐ戻ってくる。その手にはよく見るカラフルな板が握られていた。
「とらじろちゃんこっち見てー」
 名前が呼ばれたのでみどりいろの方を見る。気が済むまでもうちょっと乗っていようと思ってじっとしていたら、何かしている気配を察知したのか、タイニーもやってきた。
「タイニーちゃんもきたの?」
「んまぉ」
 一人だけ仲間はずれとは不服であるという意思表示のあと、タイニーは空いているもう片っぽの足へずどんと尻をおろした。
「ヴンッ」
 変な音を出したかいぬしの足の甲はなんだかこまかく震えていた。タイニーはなんだかしらないが得意げな鼻息を出しているので、とらじろもなんだかよくわからないが勝ったことにした。
「どかしたほうがいい?」
「やだ……」
「嫌かあ。もうちょっとそうしてる?」
「うん……」
 かいぬしのめそついた声と、たのしげなみどりいろの声が降ってくる中で、悠然と毛繕いをし始めたタイニーの真似をしてぺろぺろと前足を舐めてみる。いつもの毛繕いよりもちょっと気持ちいい気がした。
 たまにはこんな日もあっていい。ぱらららと喉を鳴らすと、とらじろはまだちょっと震えているかいぬしの足の上で伸びをするのだった。

三度の飯が好き

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