エタバン後 6.55討滅戦のはなし
遠いところまできたジュンくんと、相変わらずジュンくんの名前はジョンくんだとおもっている自機と、おさけを呑む大闘士くん
それなりに穏やかな午後だった。
指令書を携えて駆け込んでくる他の部隊の人間もいないし、そんなもんもなく手ぶらでやってきては厄介なお仕事を置いていく上司も来なかったし、手持ちの仕事は全部午前の間に仕上げてしまった。いつもの見回りでさえケンカ一つ無かったものだから、もう帰ってもいいんじゃなかろうかと思えるぐらいには穏やか、つまり暇だった。
でも知っている。こういうときはそんなことに気付いたらおしまいなのだ。
「隊長、鳴ってますよ」
漏れなく三秒後、耳元のリンクシェルが鳴った。耳ざとく聞きつけた部下の指摘に軽く頷き指を添える。
「はーい」
『すいません……』
突然の謝罪に思い浮かぶのは、いつも何事かに巻き込まれて振り回されているミッドランダーの姿だった。
「あっジョンくん? どうしたの?」
『あッその……ハイ、えと、お忙しいところすいません』
「いいよーちょうど時間余してたから」
きっとまた海賊に絡まれたりとか妙なものを押しつけられたとか押し売りに遭遇したとかなのだろう。自分も結構それなりとは思っているが、流石の彼には負けるなあと苦笑いしながら、部下に「ちょっと出かけてくる」と合図をする。
だが、その指が途中で止まることになった。
『あのッ、蛮神って、どうすればいいですか……』
――不幸体質もここまでくると凶運だろう。
虚を突かれて詰まった吐息をなんとか外に追いやり、そして吸った。
「場所と見た目とジョンくんの状況教えてくれる? ……うん、ありがとう、人集めるからいったん切るね。できるだけ刺激しないように、安全なところにいて」
何かあったんですかと目で問うてくる部下に、「至急の討滅」と短く伝える。それだけで何が起きたか察したらしい。少々挙動に難があることがあるが優秀になったものだ。
「サベネアまで行ってくる。もしかすると明日までかかるかも」
「了解です。海豚亭に依頼は?」
「向こうで集めた方が早いからいらない。ああでもいつものひな形だけ用意お願い」
コートを羽織り、魔導書を腰の留め具に提げる。
「じゃ行ってくる。あとよろしく」
「アイアイ!」
律儀な部下の敬礼はエーテルの奔流に覆い隠される。
地に足が着いた瞬間、次にやるべきことをリストアップしながら、再び耳のリンクシェルに手を当てた。
***
いつも丸まっている背中は更に丸くなっていた。
とりあえず連絡を入れ終わってメリードズメイハネの中に戻ってきてみれば、ようやく今力が抜けたのか卓の上で頭を抱えている人間と、どこから取り出したのか見慣れた(ただできるだけ見たくはない)黒渦団のファイルに携帯用の羽根ペンでメモをする人間がいた。
「キンちゃんおかえり。スウィフトさんどうだって?」
「いつもどおりでいいだとよ」
「はーい。ついでにご飯おかわり」
「しといたが」
「天才」
はやく座りなという言葉に甘えて、色鮮やかな装飾がなされた椅子にどっかりと腰掛ける。
既に注文していた酒の瓶ひっつかんで、いいあんばいに冷えたグラスに中身を注ぎ、一気に飲み干す。酔いこそしないが、喉と胃の腑を熱さが滑り落ちていく感覚は何物にも代えがたい。
「ッふー……で、そろそろ落ち着いたかよ」
そしてもう片方に目を向けると、蚊の鳴くような声だかなんだかわからない音が返ってきた。
「……ダイジョブデス……」
「だいじょばねえなこりゃ」
なにせ目の前の食事にも手がつけられていない。反対側はすでにおかわり二回目だというのに、だ。なんならそれも半分ぐらい胃の中に消えてしまっている。恐ろしい速度である。
「…………なんでこうなったんだろ」
そのだいじょばない人間から自発的な音が出てきたのは、三回目のおかわりが消えてなくなろうという頃合いだった。
「そりゃこっちが聞きてえぐらいだが」
「そうねー」
何かを書きながらももう片方の手で食物をかき込むのは止まらないもう片方の男は、皿を見事に綺麗にしながら相槌を打つ。
「さすがに蛮神にも巻き込まれるとは思わなかったよ。今度クガネ行ってお祓いしてもらったら?」
「効くんですかね」
「どうだろ。試しに俺もお祓いしてもらって確かめてみよっか」
「その場合テメェの存在が蒸発すんじゃねえの」
途端に小言が三割増しになって真正面からぶつけられたがするりと横にかわす。正論に赤いマテリアを積んでいるが当たらなければ別に痛くも痒くもないのだ。
「……ま、なんだ。前よりは対処もできるようになってっし、無事こうやってメシ食いに来れてんだから、あんま悩まなくてもいいんじゃねえか」
何より今回の対処は大正解だったと思う。こいつ――ジュンが知っている中で、人が集められそうで、かつ後始末もやってくれそうな人間にすぐ連絡を入れて、他に波及することもなく最初の範囲で終わらせている。キーンの休日がぶっ飛んだのはまあ承知しかねるのだが、知り合いが危ない目に遭っているなら休日なんて二の次だ。
(それに声かけてもらったし)
思わずにへにへとした唇をグラスで隠した。この、未だ散発的に小言をぶつけてくるヒラキの頭の中に浮かんだ「頼れる奴」の中に自分が入っていることがちょっと嬉しい――なんてバレてしまったら最後、今は尖っている口がニタァと横に割れるのだ。
「あっそういえばさ」
そう、今のように。
「イッセくんは呼ばなかったの? サベネアなんて来たがるんじゃない?」
「いっ」
蚊が鳴くような声から鶏が絞められたような声にランクアップした。頭は相変わらず抱えられたまんまだが、隙間から見える表情は明らかに動揺している。耳も心なしか赤い。
「そりゃ……その声……かけたかったですけど……」
「かけなかった?」
「だってなんかやじゃないですか、心配させそうだし」
「ふーん」
モジモジとした所作が伝わってくる声にますます狐の笑みが深くなった。興味津々、好奇心は二倍増しだ。他人の色恋ほどうまい飯はないという目にやや呆れたが、せっかく収まった小言をこちらへわざわざ向け直すこともない。
せっかく大きくなったのにまた小さくなっていった声と、やたらと楽しそうな声を聞きながら、キーンは酒を一気に飲み干した。