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トラウマスイッチ中の自機とキンちゃん
自機から見えている景色

 困ったことになった。
 商品が届かないらしい。なんでも、道中で大量に沸いたサボテンダーに足止めされているとかで、せっかく遠方から仕入れた商品は少なくとも明後日以降になると聞いたときはさすがに少し落ち込んだ。なにせここ二日ほど、ずっと店に出せる物がなくて閉めている状態なのだ。ストックは寄付してしまったから手元にないし、高級紙を出すようなタイミングでもないから、店を開けないのはほぼほぼ確定。明日こそはと思ったが、現実はなかなかうまくいかない。
「また暇になっちゃった」
 差し出された小さな皿を受け取りながら呟くと、その報せを運んできてくれた当人は「良いだろ別に」と返してきた。
「今までずっと忙しかったじゃねえか。たまには休めって言われてんだよ」
「誰に?」
「知らね」
「自分で言っといて雑だなあ。ナルザル神とか言っとけばいいのに」
 小さく笑ったその衝撃で、皿の上のゼリーがぷるんと揺れた。
「……」
 透明なそれを見つめていると、夜の闇のような影が映り込む。
「ダメならいいぜ、オレ食うから。超力作だしよ」
「それなら食べる」
「あっそ」
 ならどうぞと軽く言って、夜のとばりは――キーンはすぐそばの机に置いてあった本を取り上げ開く。自分は添えられたスプーンを持つと、ぷるぷると震えるそれにゆっくりと差し込んだ。
 マテリアとおなじくらい小さい透明な半球から、さらに小さい欠片を掬い取り、口に運ぶ。
 舌の上で溶ける爽やかでな口当たりのゼラチン質。暑いウルダハでもし出したらきっと盛大に売れるだろう。だが、それが今自分に運んでくるのは、涼やかな甘さだけではなかった。
「……」
 唇が震える。
 舌が、喉が、滑り込んできたものを追い出そうとする感覚をやり過ごしながら、舌の上で溶けてしまうのを待ち、仄かに味がついた唾液を飲み下す。それを皿の上の塊がなくなるまで繰り返し、なんとかスプーンを置いた。
「食べれた?」
「た、ぶん、いけた」
「おー」
 じゃあくれ、と伸びてくる手に皿を渡す。じわじわと広がる不快感を抑えつけて横になっていたら、立ち上がり遠ざかっていった足音がすぐに戻ってきた。
「ただいま」
 彼はこういうときとてもマメだ。一人にする時間を極力減らそうとしてくれる。申し訳ないからそんなに居なくても、ちゃんと自分の時間を確保してほしいと言ったら、「うるせえ」といういつもの言葉を返されてしまったから、それ以上は言えていない。
「ん」
 短い言葉で返事をするのがやっとだったが、それでも最悪の波はやり過ごした。だんだんと落ち着いてきたのがわかったのか、ページを繰る音が聞こえだす。
「……なあ」
 束の間の沈黙を破ったのはキーンの方だった。
 身体の向きを変え、なに、と視線で聞くと、彼は本に落としていた目をこちらに向けていた。
「明日暇なんだったらよ」
「ん」
「久しぶりに中庭行こうぜ。店の準備するなら足慣らしといた方がいいだろ」
「ならし」
 言われてみれば、ここ最近随分歩いていない気がする。確かに慣らしといたほうがいいかもしれない、そう考えたところでふと疑問がわいてきた。
「……何でだっけ?」
「あ?」
「なんで慣らさないといけないんだっけ……」
 頭の中に何かが引っかかっている。そういえばここは店ではないし、自分の家でもない。キーンがそばにいるのもわからないし、さっきの不快感もどこかで感じた記憶があるが、それもまるでわからない。どうして、という自問を掘り下げようとしたが、雲を掘っているようではっきりとしなかった。
「……なんでここにいるんだっけ?」
「テメェなあ、ぼんやりしてるのも大概にしとけ」
 だが、ぼそりと呟いた疑問に返ってきたのはいつもの呆れた声だった。
「調子崩して入院したんだろが」
「そ、っか? ……そっか、そうね」
「そうだよ。ずっと寝てたんだろ」
「寝てた、ああ、うん、そりゃなまっちゃってるね」
 だから身体もだるいし、頭もぼーっとしているのだろう。心なしか喉も痛い。
「転んだらごめんね」
「テメェいっつも転んでんだろ。今更だから気にすんな」
「そうだっけ? そっか、ごめん」
「いいって。それより明日キツかったらちゃんと言えよ、焦んなくていいから」
 うん、と頷いてブランケットを引き上げる。疲労感がどっしりとのしかかってくるようだ。
「寝ていい? なんか疲れた」
 両目がしぱしぱと眠気を訴えてくる。明るい時間に寝るのも申し訳ないと思ってついつい聞いたら、金色が僅かに動いてこちらを見た。
「いいよ」
「ごめんね」
「はいはい」
 瞼が重さに負ける。
 僅かに笑った金色を最後に、明るい視界が閉ざされた。

三度の飯が好き

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