恋人達の夜

バレクラ / pixiv

 腕の中の身体がようやく落ち着きを取り戻し、そのまま寝入ってしまったのに気づいたバレットは、ずっと背中を撫でさすってやっていた手を止めた。起こさないように、枕にしていた腕からその頭を退かして枕に移してやると、すっかり力の抜けた唇から僅かに大きな吐息が漏れた。起きるか、と思ったが閉じられた瞼は開くことはなく、元の穏やかな寝息に戻っていく。
 びっくりさせんなよ、と左手でふわふわと遊ぶ金髪を撫で、薄く開かれた唇に軽く口付ける。

 ——その唇から、謝罪ばかりが聞こえていたのはつい三十分ほど前のことだ。

 自分の気持ちと折り合いをつけたバレットにとっても、ようやく元の自分を取り戻せたクラウドにとっても、待ち望んだ機会だった。買い出しと気分転換、そして乗り物酔い組のため一旦ハイウィンドを降り、一緒に用事を済ませて宿屋に部屋を取って、そして服を脱がしてやるところまでは順調だった。軽口は混じっていたが甘い時間と言えなくもなかった。
 だがこれからという時に、クラウドが怖がってしまったのだ。得体の知れない魔物にも最新鋭の兵器にも、物怖じせず立ち向かっていくクラウドがまさか怯えるとは思っていなかったが、それもよく考えれば解ることだった。
 彼はまだ子供なのだ。歳こそティファより上ではあるが、人として外に触れ、過ごせた時間はまだ十五年かそこらでしかない。確かに一行の先頭に立ち引っ張っていく役目を負っている時は頼りになるリーダーだが、そうではない時はただの背伸びをしている子供なのだ。
 そんなクラウドが、大の男に身体を割り開かれることを怖がらないわけがない。

「ごめん、本当、……ごめん」
「そう謝らなくていいんだって、大丈夫だからよ」
「でも」
「いいんだ、しょうがねえよ」

 放っておいたら一晩中謝られそうだったので、いいから寝な、と胸元に引き寄せ落ち着かせて、寝入ってくれたのがついさっきのこと。
 深く眠っているのを確認したバレットは、そっと寝台を抜け出した。剥き出しの肩が寒くないように毛布を引き上げてやると、夜風にでも当たろうと小さなベランダに出る。
 外は満月——のはずだが、月の光は赤く夜空を染め上げるメテオに塗り潰されていた。毒々しいその色は、月だけではなく星も殆ど隠してしまっている。夜風すらもどこか毒々しいものに感じられ、バレットは思わず身震いした。
「……寒っ」
 半端に火照る身体を冷ますつもりが、少しばかり冷やしすぎたようだ。
 これはいかんと静かに寝室に戻ったら、ベッドの中のクラウドが、わずかに身動ぎをした。
「……バレット……?」
「おう」
 熟睡していると思ったが、元より気配に聡いクラウドのことだ。気づいて目が覚めてしまったらしい。だがその双眸はまだまだ眠気が強く、夢から抜け切れていないように見えた。
 バレットは寝台に腰掛け、その白い頬を撫でてやる。薄く開いた魔晄の目は、空に浮かぶメテオとは正反対の、青と緑で彩られていて、僅かに漏れ込んでくる赤い光にも負けず、美しく煌めいている。
「起こしたか」
「……んー……」
「解った解った」
 早く戻れというのだろう、ぺそっとバレットの服をつまんできた白い手を軽く解き、急かされるままにベッドに戻る。擦り寄ってきた身体を抱き寄せてやると、緩く腕を回した。
(小せえなあ)
 腕を回したらすっぽりとおさまってしまうほど、バレットに比べたら小さな身体。この別段逞しくも何ともない身体にバレット達の、ひいては星の命運がかかっているのかと思うと、胸が締め付けられるのを感じた。何もコイツじゃなくてもよかったのに、他のヤツでもよかったはずなのに——なんて、柄にもなく考えてしまう。
 だがそれは口に出さない。当の本人が何度も何度も考えたであろうことを、わざわざ他人のバレットまでが言うことではないと思っているからだ。
「……バレット」
 また滑らかな背中を撫でてやっていたら、もう半ば眠っているような声が聞こえてきた。まだ寝てなかったのかと少々驚きながらも、撫でる手を止めて顔を覗き込む。
「何だよ」
 クラウドはもうすでに薄目すら開けていなかった。寝言かどうかすらわからない、呂律も回っていない声で、彼は言う。
「……こんどは、がんばるから……」
 また『ごめん』が出てくるかと思って身構えていたバレットは、一瞬虚を突かれてぽかんとしてしまった。そして、喉元まで出掛かっていた言葉を別の言葉に置き換える。
「無理はすんなよ、させたくねぇし」
「……」
「……おい?」
 どうやら完全に寝入ってしまったらしい。これでは最後の言葉さえ、聞こえていたかどうか怪しいものだ。
 バレットは苦笑を口元に上らせると、その額にキスをした。

三度の飯が好き

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