ターニングポイント (4) / リブクラ / pixiv
みなさんにお話があるんです、とケット・シーにハイウィンドのコックピットで持ちかけられたのは、コンドルフォートの攻防戦が幕を下ろした日のことだった。
「みなさん集めてもらってええですか」
ロボットの表情は変わらないが、その声音は真剣だ。神羅ビル内の「本体」がクラウドの様子を探りに行っているため、あまり積極的に動けなかった彼が改まって話をするということはすなわち、クラウドの話に他ならない。
シドは、「おう」と白い巨体の上の猫に頷き返す。そして、ようやく躊躇いのない動きを見せるようになった操縦士のすぐ脇にある、艦内放送用のマイクを引っ張った。
招集をかけて一番にやってきたのはバレットとティファだった。次にナナキとヴィンセント、最後に乗り物酔いで顔を真っ青にしたユフィがコックピットに入ってきたところで、シドは話をケット・シーに振る。
「おう、やってくれや」
「おおきに」
ぴょんぴょんと愉快な動きでデブモーグリが前に出た。
「みなさん、お待たせしてすんません。クラウドさんの情報そのほかもろもろ、集まりました」
「やっとかよ!」
その途端にバレットが吠えた。何だかんだ言ってティファの次に付き合いの長いバレットは、一行の中では最もクラウドと話し、行動している時間が長い。しきりに動かないケットを急かしていたのを、艦にいる皆が知っているし、ケットと一緒にコックピットに常駐していたシドは何度かそのあおりを食らった。
「どうなんだよ、えっ? 無事なのか?」
「それは、本体から直接話しますわ。ボクのスピーカー繋ぎますんで、驚かんとってな」
その瞬間、周辺の機械類が一斉に雑音を発した。ケットの体内からも、何かをチューニングしているような音が聞こえてくる。
『——聞こえますか?』
そして次にケットから聞こえてきたのは、シドが何度か聞いたことのある、穏やかで低い男の声だった。
確か昔、パルマーと一緒にいた頃に声の主に会っている。シドはその名前を記憶の底から引っ張り出した。
「聞こえてるぜ、リーブ部長。中身はアンタか」
『その通りです。あなたと直接話すのはずいぶん久し振りですね、シド艇長』
「リーブ……リーブって、都市計画の元締めかよ。ずいぶん暇なんだな」
『窓際ですから』
バレットのぼやきを軽くいなしたリーブは、『本題に入りますよ』と切り出した。
『まずは、クラウドさんの状態からですが、クラウドさんは生きてます。無事です』
瞬間、コックピット内の方々から安堵の溜息が漏れた。一番気にしていたバレットは「いよぉーし」とガッツポーズすらしている。
「良かったなあバレット」
「るっせえ!」
「照れるな照れるな。……で、どうなんでい。アイツの調子はよ」
ほんの少しゆるんでいた空気が、シドのその一言で緊張を取り戻す。
——ミディールで神羅に奪われた後、診療所のドクターからは、クラウドが重度の魔晄中毒だと聞いていた。それにバレットは、連れて行かれる直前のクラウドを見ている。バレットから伝え聞いたクラウドの様子、そしてドクターの話しぶりから、容態は恐らく、回復も望めない状態であることは、皆も薄々考えていたことだった。
『なんと申し上げたらいいのか』
「遠慮はいらないわよ。そのまま伝えて」
言葉を濁すリーブに、真剣な面持ちをしたティファがそう言った。つくづく強い女だと思いながらシドもまた先を促す。
「教えてくれ」
『……わかりました』
リーブは一拍置き、そして切り出した。
『クラウドさんは、あなた方のことを、敵だと思っています』
***
魔力の波が押し寄せる。
人の身に押し込められているとは思えない量の魔力の奔流が狭い空間に吹き荒れて、ざわざわと背筋を粟立たせる。周囲のホログラムが揺らぎ、ノイズ混じりに途切れるが、魔力の増幅は留まるところを知らない。
この量はヤバいんじゃないか——そんな嫌な予感がレノの脳裏をよぎった直後、ゆらりと持ち上がった掌から目映い朱色が撃ち出された。凄まじい熱量を伴ったそれは、哀れなモンスターに収束し、そして逃れる間もなく炸裂する。断末魔を上げることも叶わず炭化したモンスターを見ていた魔力の主は、ふ、と一息吐くとくるりと振り返った。
「できた」
「……できた、で済ませるなよ、と」
達成感できらきらと煌めく瞳の持ち主が首を傾げる。何でもないと頭を撫でてやると、彼はくすくすと実に嬉しそうに笑った。
「魔法得意なんだな、お前」
「好き。楽しい」
「そーかそーか。そりゃ良かったぞ、と」
もっと褒めろと言うのだろうか、ん、とさらに頭を傾けてくるクラウドに応えてさらに撫でてやりながら、炭化したドラゴン属の死体が残るバーチャルルームを一緒に出た。
研究室に戻る道すがら、宝条に聞いておけと押し付けられた問診用のバインダーに沿って、レノは楽しげに隣を歩く『弟』に聞いていく。
「痛いとこねえか」
「ない」
「だるいのは?」
「それもない」
「寒いとか、暑いとかは?」
「普通」
「おーし、合格だぞ、と」
途端に金髪が嬉しげに跳ねた。
「合格? 兄さんたちを手伝えるのか?」
「それはとーちゃんに聞いてからだぞ、と」
レノは研究室へ繋がる扉を通ると、部屋の奥でモニターに向かっている宝条を指す。おそらく先ほどのデータを熱心に眺めているのだろう、二人が入ってきても何の反応もよこさず、振り向きもしない。
「父さん!」
だが、クラウドが声をかけると、宝条はその手を止めて後ろを振り向いた。その不健康そうな顔には信じられないことに、笑顔すら浮かべている。
「怪我はないかね?」
宝条を知っている人間が聞いたら、おそらくは恐怖で引きつけでも起こすのではないか——毎度毎度、この宝条がクラウドに対して向ける声や態度を見るたび、そう思わずにはいられない。それほど、宝条自身が今回採用した『方針』に忠実だった。
「ないよ。兄さんが、合格だって」
だが、クラウドはそんなことは知る由もなく、椅子に座る宝条に無邪気にじゃれついている。
「手伝って良いだろ、兄さんたちのこと」
「そんなに外に出たいのかね?」
「出たい、っていうより、仕事を手伝いたい。姉さんも兄さんもいつも忙しそうだから、俺も戦いたい」
「……おまえは本当に良い子だな」
宝条が笑い、そしてクラウドの頭を撫でる。レノはそれを遠巻きに眺めるだけだ。
「しょうがない」
「じゃあ」
「手伝ってもいいだろう。だが、外に出るにはちゃんとした服を着なきゃいかん。父さんが服を用意してやるから、それまで待っていなさい。できるな?」
「やった!」
父さん大好き、と宝条に抱きついたクラウドは、嬉しさに輝く顔をレノにも向けてきた。よかったなと手を振る一方の心中で、彼は毒を吐かずにいられない。
——悪趣味なおままごとだ。
レノ達タークスが知っているニブルヘイムの惨劇の、それこそ元凶に近い男に、惨劇によって人生を、はたまた心をぐちゃぐちゃに壊された被害者が懐き、家族と信じて疑わないその光景は、さすがのレノでも哀れに思わずにはいられなかった。空っぽの器に偽物の自我、そして鎖として与えられた愛情と家族。それが今のクラウドのすべてだ。イリーナは「本当の家族になればいいじゃないですか」とか、そんな甘っちょろいことを言っていたが、路地裏を覗きすぎたレノにとっては、この無邪気で素直な実験体には、どうしても憐れみが先行してしまう。
だが、しかし、これは仕事だ。そしてタークスのエースを自称するレノにとって、仕事をおろそかにすることは絶対に許されない。
「ほら、兄さんと一緒に部屋に戻りなさい」
「うん。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
最後にもう一度頭を撫でてもらったクラウドは、よほど嬉しかったのだろう、にこにこ笑いながらレノの元に戻ってくる。
「帰ろう、兄さん」
「おう」
レノは先にクラウドを外に出すと、自分も続いて研究室を後にする。
クラウドを見送る宝条の顔が、一瞬前とは全く違う濃厚な狂気を浮かべているのを視界の端に捉えた瞬間、自動扉が音もなく閉まった。