ふたりのひとりごと

リブクラ / pixiv

 ——事故のようなものだ。
 久々に年上に甘えたかったから誘ったし誘いに乗った。そして久方ぶりの荒事で気も立っていた。たったそれだけ、一回だけだと思っていたのに、二回目、三回目と続き、今や相手の部屋の鍵まで手中にある。
 どうしてこうなったのか、ということは考えるだけ無駄だ。これからどうするかを考えなければならない。でも、不思議なことに今回ばかりは、「どうするか」の「ど」の字も出てこなかった。
 このままで良いかもしれない。
 思ったよりもがたいのいい身体に組み敷かれる度、身体をまさぐられる度、広い背中に爪を立てる度、そして腕の中でまどろむ度に、そう考えてしまう自分がいる。
 絶対に後悔することになるのは目に見えている。自分と相手では釣り合わない。だから離れてしまいたいのに、気がついたらこの両腕に閉じこめられているのは、意味が分からなかった。
(結局これだ)
 灯りの落とされた薄暗い部屋で、クラウドはリーブの温もりを背中に感じながら、はあ、と溜息をついた。今すぐにでも目をつむってしまいたい心地よさと倦怠感に、ずぶずぶと埋まっていく。
 リーブ宛の荷物を届けて、そのまま食事に誘われ、そしていつもどおり彼の部屋に来て、ベッドへもつれこむ——もう一連の決まり事のようになっていたそれは、今日も例外ではなかった。散々貪って貪られて気をやってしまい、ふと目を覚ましたらこの時間だ。荷物の配達だけのはずなのに、いつもいつもこうなってしまう。この局長も、四十路近くとは言っているけど本当はもっと若いんじゃないかと思えるくらい、閨ごとに積極的だった。誘わない日はないと言ってもいいから、性欲旺盛と言っても過言ではない。
 そして、リーブからの依頼が入ったら翌日休みにする自分も自分だ。
 ——期待している。リーブに抱かれることを。
 そして期待する一方で、この世界の支配者に惹かれてもいた。自分だけを見ていてほしいなんて、そんな浅ましいことを考えていることにも。
 リーブは世界の王様だ。結婚や交際も武器や弱点になる。だが、自分はただの頑丈な野良犬だ。釣り合わないのは目に見えているし、結局期待したところで叶うわけもない。それに、相手のことを考えたら止めた方が良いに決まっている。
「……あんたのこと、好きになりたくないんだけどな……」
 クラウドの唇から漏れた呟きは、仄暗い部屋の空気に溶けて消えていった。

***

 それっきり、クラウドの声は聞こえなくなった。本当に寝入りばなの、夢かうつつかも定かではない言葉だったのだろう、後に聞こえるのは寝息ばかりだ。
 ——好きになりたくないんだけどな。
 一瞬だけ浮き上がった意識の中でこぼされた一言は、リーブの胸中をひっかいてあっという間に消えていった。おそらくあの言葉は、クラウドの紛れもない本心だ。
 ひょんなことから始まった関係だったが、リーブはそれなりに満足もしていた。それなりにストレスの溜まるこの生業、時にはそういうことで発散もしたくなる。だが、常に気を抜けないリーブはその発散すらも相手を選ぶ必要がある。
 その点から言って、クラウドはまさにうってつけの相手だった。気を許せるし、相手のことはよく知っているし、なによりリーブのせいで何かあったとしても、最低限自分で対処ができる。
 そしてさらに下卑たことを言うと、クラウドはとても綺麗だった。本人はおそらく意識していないし、かつての仲間たちや周りも話題にしないが、彼の容姿は際だつものがある。軍属時代はさぞ儚い、うつくしい少年だったのだろうし、今はその儚さの中に、凛とした大人の魅力が備わっている。その美しい存在を、組み敷き、滅茶苦茶にできるというのは、性欲だけではなく征服欲も支配欲もまとめて満たしてくれた。
 いつしかそれが執着に変わり、気がついたら独占欲に化け、そして今は愛情と呼べるものに姿を変えていることに、リーブは気がついていた。
 だが、リーブは敢えてドライな、身体だけの関係をクラウドに求めていた。若いクラウドには未来があるし、もっと相応しい人間がこの先絶対現れる。だから、最初の一回を除いてセックスでキスはしないし、口説きもしたことはない。クラウドも求めてこなかったから、そういうものだと思っていた。
 でも、とリーブは先程の呟きを思い出す。
(もっと自惚れていいんですか、クラウドさん)
 穏やかに眠るクラウドの体を、抱える腕に力を込める。
 ——この執着を、恋心にしてもいいのだろうか。四十近くの中年が、二十代の青年に恋をしても、この腕の中の透き通るほどに綺麗な彼は受け入れてくれるのだろうか。
「……私はあなたが好きですよ」
 思い切った独り言は、白い背中にぶつかった。

三度の飯が好き

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