エタバン後 タイニーちゃんががんばる(?)はなし
今日もタイニーは負けた。腕試しではない。数々の四つ足の獣に気迫で勝ってきたタイニーは、ここら一体の野良どもには勝てる自信があるしそうしてきた。負けているのはそんな直接的な話ではなく、もっと概念的な話だ。
「ああ起きたの? おはようタイニーちゃん」
呑気で無防備かつ甘やかしの入った声に、タイニーは「ぷぅ」と返事をする。もうちょっと気合いの入った声で返事をしたかったのだが、いかんせん寝起きの筋肉の動きが鈍い。結果的に甘えるような声になってしまった。
この緑の頭をした二つ足はタイニーの面倒を見てくれているかいぬしだ。ほかにもう一人筋肉の塊みたいな人間がいたが、今日は別のねぐらにいるはずである。ここにいるのはこのかいぬしともう一人、そしてタイニーよりも随分小さな、今まさにタイニーに咥えられている四つ足だけだった。たまにやかましくてでかいのと、ものしずかでもっとでかいのがいるが、たまにしか来ないから今日もきっとこないのだろう。
タイニーはこのかいぬしに負け続けている。跳び蹴りの一つでよろけるし、頭突きの一つで咽せるのに、どうしても勝てないことが一つだけある。
それは早起きだった。タイニーだってそれなりに早起きなのに、このかいぬしは鳥が鳴く頃に目を覚まして、こうして良い匂いをさせている。勝てたことなんてほんとうに数えるくらいで、絶対に次こそはと思っていはいるのだが、こうして負けている。
「ごはん? もうちょっと待ってね」
それはそれとして待ち望んだ三文字に、ぷるるにゃんと返事をする。ぽとんと落とした小ぶりな四つ足――とらじろも、だいぶ眠そうに欠伸をしていたが、「るぅあん」とそれなりに元気よく鳴いた。
ちょっと待ってねと言われたとおり、かいぬしの作業が終わるまで大人しく待つ。とらじろの全身を舐め終わった頃、かいぬしがその場を離れ、手を拭きながら別の戸棚へと向かった。取り出したのはタイニーととらじろが使っているお皿と、タイニーたちが愛してやまないカリカリした茶色いつぶつぶの入った袋だ。かいぬしは皿を置くと、袋を開けて中に入っていたカップをつぶつぶの中に突っ込む。
「タイニーちゃんさ、昨日もうちょっと痩せようねってお医者さんから言われてたよねえ」
だが、聞き捨てならない一言と共に、盛られたつぶつぶがいつもの量からちょっとだけ袋の中に戻された。遺憾の意を殴打で示したが、いつもは「ぅ」となるかいぬしもなぜか退かない。とらじろの分はいつも通りなのにどうしてこんな理不尽な仕打ちをするのだろうか、あとでなんとかして小腹が空いた分を取り返さなければ。
不服は不服だが食べないわけにもいくまい。タイニーは鼻を鳴らしながら、かいぬしの後をついていき、いつもの一言を待った。
「タイニーちゃん、お願いがあるんだけど」
きた、とタイニーの尻尾がぴんと反応した。じっとまっすぐ見上げたら、エプロンをつけたかいぬしが、タイニーととらじろの皿を両手に持っている。
「キンちゃん起こしてきてくんない?」
そらきた。
ぷぁんと返事を置き去りにして、タイニーは階下へ走っていく。とてとてとて……と後ろからついてくる軽い足音はとらじろのそれだ。だが待つことなくベッドに飛び乗ると、未だ呑気に寝息を立てている細長い山の枕元に立った。
この細長い山がこのねぐらにいるもう一人だった。不機嫌そうに片腕を振り回していたのか、隣の布がしわくちゃになっている。寝相がとても悪い。
タイニーはその手を踏まないようにしながら、ゆっくりとその細長い山に登る。そして頭の方までのしのしと歩いていくと、半開きの唇へ前肢を押しつけてやった。
「…………んむむ」
額に皺が寄った。だが起きない。たまにここら辺で起きることもあるのだが、今日はちょっと手強い日のようだ。そういえば昨日の夜、寝る前にかいぬしと取っ組み合いのケンカをしていたから、結構疲れているのかもしれない。
「ぴゅあん」
ここで追いついたとらじろが、一生懸命よじよじとベッドによじ登ってきた。タイニーは両前肢をいったん離すと、とらじろの首根っこをくわえて引き上げる。
そして思いついた。せっかくとらじろがここにいるんだから、手伝ってもらえば早く終わって、おいしいつぶつぶを食べられる。
タイニーはとらじろを引きずりながら、同じようにのっぽの上をのしのし歩く。そして、おもむろにとらじろを、だらしない寝顔の上に広げておいてやった。もちろん自分は細長い首の上にのしりと陣取ることも忘れない。
「…………、ふご、……ぉ、オェ、……ぶはァ!!」
何度か痙攣したのち勢いよく飛び起きたのっぽに飛ばされ、ぽーんととらじろとタイニーが宙を舞う。タイニーはじたばたと手をばたつかせるとらじろの首をうまくキャッチすると、ふわふわのふとんに着地した。
「ぉ、ぁア……? んだ、おまえら、お前らか……」
「ぅぅーるるる」
「みゃん」
「わぁった、わぁった、おきっから」
のっぽはがしがしと頭を掻くと、散らばっている布を拾い集めだした。
前はもう一回二回と寝ていたのに、こののっぽもすっかり聞き分けが良くなった。それもこれもタイニーの断固たる調教の賜物だろう。
のそのそと蠢きだしたのっぽを置いて、タイニーととらじろは意気揚々と上へ戻る。どすどすという足音がちゃんとついてきていることを確認して、「うるぁあん」と報告すると、自分たちの皿を一段高いところにおいていたかいぬしがこちらを向いた。
「ご苦労様。置いてあるよ」
「るにゃん」
「んみ」
いつもの場所に置かれた皿に飛びつき、突っ込み、勢いをつけて割り砕きながら、タイニーはごろごろと喉を鳴らす。
ああ、労働の対価はなんて美味なのだろう。産みの母親ときょうだいと一緒に過ごしていた頃は、こんなに美味なものはなかった。
魚介の香りを口いっぱいに頬張りながら、タイニーはなんとかしておやつを分捕る方法を考えるのだった。