エタバンしてない時期かもしれない お仕事中の話
ころころ、ころころと金色が動く。
淀みなく転がるコインはつい先日拾ってきたものだ。相当に古く土やら埃やら錆やらがこびりついていたのを丁寧に丁寧に落として磨き上げた結果、そこらで出回っている硬貨よりもよほど見事な煌めきを放っているそれは、ランプの光を反射しながら、夜更けの空のような色をした指の間をなめらかに転がっている。
「で?」
コインを遊ばせていた本人は、指を止めることなく目の前の人間にそう言った。普段の彼からは想像もつかないほど無愛想で、ぶっきらぼうで、そして無関心だ。
「何か他に言いたえことは?」
何の温度もないそれを向けられた相手――確か、不滅隊くずれのチンピラだ――は、蛇に睨まれた蛙のように言葉を喉に詰まらせてしまった。だがなんとかここに来た目的を思い出したらしい。せき込むように言葉を吐き出した。
「……っアンタには良い話だろ! 飼い殺しにされるより!」
「飼われてるつもりはねえな」
「金だってもっと用意できる!」
「今だって十分もらってっし。それにオレの本業なんだと思ってんだ」
またチンピラの喉に言葉が詰まった。不滅隊きっての問題児、あの姉にしてあの弟あり、自分の意に沿わないことはとことんまで拒否する、組織の枠に収まっているのが不思議といってもいい暴れ狼という前評判に、ことごとく裏切られた顔をしている。
(そりゃあそうだ)
しれっと空いたグラスを下げながら内心で笑う。かつて同じ組織にいたとは言え、外からほんのすこし眺めただけの人間にわかるはずもない。何よりその前評判は上の意向も混じっている。冒険者業も中途半端、グランドカンパニーの仕事すらも中途半端にして投げ出した者にはわかるはずもないだろうが。
コインが滑る。闇夜の蛇のようにしなやかな指の合間を、金の尾を曳きながら。
「――話になんねえな」
それが唐突にぱしりと掴み取られた。合図だ。
さりげなく後ろに回ったあと、すぐ近くにある頭を鷲掴みにする。為すすべもなくテーブルに叩きつけられ、情けない悲鳴が上がったのを聞きながら、手早くエプロンから布袋を引っ張り出すときっちり「包装」した。
「キンちゃんもういいの?」
「いいわ。飽きた」
「またそんなこと言って」
「この感じだとどうせ尻尾だ。これ以上叩いたって出てこねえよ」
「確かにね」
後ろ手に縛り上げたところでようやく抵抗というものを思い出したらしい。もがもがと何かをわめきながら暴れ出した体を椅子から蹴り落とすと、ついでに暴れる足も一本踏み折る。
「うわひで」
「このぐらいやるでしょ」
口をへの字にした男――キーンは「やらねえよ、それテメェんとこだけだろ」と言った。
「これだから海賊は」
「商業ヤクザがなんか言ってる」
「なんだやるか」
「もー凄まないでよただでさえ迫力あるんだから」
口を動かしながら手も動かし、もはや暴れる気力のなくなった男の足も悲鳴にかまわず縛り上げ一丁上がりだ。このまま丸焼きにでも出来そうな梱包具合に、思わず達成感の笑顔が出てしまう。
「俺ったらめちゃくちゃ上手。研修頑張った甲斐があった」
「物騒な研修だな。おーコワ」
「似たようなことするでしょそっちも! ほらさっさと連絡入れて!」
「へーへー」
やる気の感じられない返事だったが、言われたことはちゃんとやるらしい。キーンはエレゼンにしては短めの耳に手を当てる。
『あー終わった。一人確保』
『何かわかったか?』
心底だるそうな報告にも生真面目を具現化したような応答を返してくるのは、すぐ近くで待機しているスウィフトだ。一応作戦の責任者とも言う。
『なーんも。ただのリクルーターだこいつ』
『口は軽そうですよ』
『成る程わかった、あとはこちらの担当に引き継ごう』
よくやった、というお褒めの言葉を最後に通話が切れ、複数人の気配が外で動いたのがわかった。
「あーやっと終わった」
「まだ終わってないよ、報告書」
「んなもん後ででいんだよ」
「そういってるとまた泣くよ」
「前に泣いたことあるみてえに言うな」
ふん、と唇を尖らせるキーンは先程の冷たい表情はどこへやら、年相応――ないしはもっと幼い表情を浮かべていた。ふてくされた子供のような顔にふへへと笑いつつ、鬱陶しかった腰のエプロンをはずす。
(キンちゃんはこれだから)
とっつきづらいのは最初だけ、ごくごく普通のまっとうな人間であれば懐に入れた途端に優しさが見える。嫌な仕事だって拒否はするが、相手が困るとなると文句を意ながらも引き受ける、優しげで口の悪い夜の男。
「何笑ってんだテメェ」
「なんにも。猫のお世話をするお仕事だったらぐらついてたのかなって」
「……………別に?」
「余白が全部物語ってるっていうか」
暴言が顔面に浴びせられる直前、扉が開いてスウィフトが姿を現した。途端にキーンはいたずらを寸前で隠した子供のような顔で、スン、と黙る。
(これだから面白いんだ)
敬礼を返し、火にかけられる前の豚のような体勢になったチンピラを足で押しのけ差し出しながら、ヒラキはひっそりと笑った。