王を負かした日

 ――つくづく思うのだが、この男は顔がいいという自覚がない。
「んだよ溜め息なんか吐いて」
「……んーん、別に」
 お気になさらずと伝えたところ、当の本人は一瞬だけ怪訝そうな顔をしたのだが、すぐにまた手元に視線を落とした。そしてまた、先程と同じように治安の悪い表情を浮かべながら広げたカードを眺めている。
 オフの朝からどこかに出かけていたと思えば、夕方に帰ってきた途端ずっとこうである。黙って口を閉じていれば、研ぎ澄まされた狼のように怜悧な印象すら与える美丈夫なのに、今は下の犬歯を剥き出しにしながらヘラヘラゲヘゲヘと笑う様は、小悪党でもなかなかしないんじゃないかという締まりのなさだ。
 一体何してきたのと問いかけると、普段は切れ長の黄金色はにんまりと笑ってたった一言。
『最高の気分だな、ガキ負かすのは』
 それを聞いた瞬間少し後悔した。
 詳しく聞かなくったって何をしてきたのかはすぐ察しがつく。最近突然ハマっているカードゲームできっと子供相手に何かしてきたのだろう。なんとも大人げないが、そう言うと決まって「大人だからいんだよ」と悪びれもせずに返ってくるものだから小言を言うのは諦めた。その子供がトラウマになっていないことを祈るばかりだ。
(黙ってればかっこいいのに)
 全体的に顔立ちの整っているエレゼンであるという自意識がまるでないせいか、この男は――キーンは結構面白い表情をする。真剣な表情をしている時はそれこそ、街角にでも立っていれば多数の人間に声をかけられるような目立つ顔立ちをしているのに、ちょっと良いことがあったりすると途端に崩れてしまう。
 最初の頃はこんなはずではなかった気がするんだけどな、と脇に放られたカードパックの袋を片付けてやりながら思案していると、カードを見下ろしていた金色がふとこちらを向いた。
「なんだよ」
「キンちゃんかっこいいなって見てただけ」
 嘘は言っていない。だが、とびきりの愛想笑いに乗っけたのが悪かったらしい。若干不機嫌な、しかしちょっとだけはにかみが混ざった瞳がそっぽを向く。
(こんなに解りやすかったっけか)
 そもそもこちらに見せていなかっただけかもしれない。それとも気付かなかっただけだろうか。キーンにその時のことを聞いたところで覚えていないから、本当のところはわからずじまいだろう。ただ、このどこかとっつきにくい男の表情の変化を眺められるようになったというだけで、誰に対するともわからない優越感が湧き上がってくるのはわかった。そしてこの感情は結構やみつきになるものだということも。
「キンちゃんさあ」
「んだよ」
「かっこいいよね。黙ってれば」
「一言多くねえか」
 むすっと唇を尖らせるその様がまた、エレゼンらしくなく少年のようで面白い。
 できればこの表情をもう少し眺めていたいものだと思いながら、新たに生み出されたパックの袋を横から掠め取った。

三度の飯が好き

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