リブクラ / pixiv
WRO局長は、悩むと彫像になる。
神羅カンパニーの時代から彼の元についている秘書官にとっては、それは見慣れた光景だ。重役会議の前の日などにはよく見かけていた光景だったし、今も重大な決断が必要なときは彫像になっていることがある。
統括やWRO局長というさほど現場には携わらない仕事に就いていても、根っこはエンジニアであり、頭を悩ませるような案件や自分の得意分野、さらに自分の好きなことに関しては、恐ろしい集中力を発揮する。そしてまさにその集中しているときに、彼は彫像のごとく瞬きすら忘れて動かなくなる。
そんな時は、執務室付きの秘書達はできるだけ話しかけないようにそっとしているか、視界に入らないように仕事をするのが常だった。
「——で、決まったんですか?」
だが、秘書官は敢えて動かぬ石像と化して思考に埋没する局長に声をかける。普段なら絶対にしないのだが、今このときばかりはこうやって声をかけてやらないと先に話が進まないからだ。そして、これまた普段なら絶対に、声をかけられても動かないか反応しない局長が、今回ばかりは秘書官の問いかけに反応した。
「……決まりませんねえ、どうも」
「どうされます? ここ一週間、悩みっぱなしですが……時間がかかるものだったら、そろそろ間に合わなくなりますよ」
「そうなんですが、いろいろ候補がありすぎまして」
リーブが頭を抱える。ここまで悩むのは実際珍しいが、その悩みの種のことを考えればしょうがないことだ——というのが、執務室付職員一同の見解だ。
「どうしましょうねえ。クラウドさんへのプレゼント」
「我々に聞かれましてもねえ」
世界の王は、その飼い犬の誕生日プレゼントで、ここのところ一週間近く悩みに悩み抜いていた。
***
リーブは気前のいい人間だとよく言われる。
出身がそういった気風だったのだから仕方がないといえば仕方がないのだが、自分よりも相手の方が必要としていると思ったものについては、金銭を除いてほいほいとかなり気軽にあげてしまう。元から裕福な家庭だったこともあってか、人にものをあげる、という行動に何の躊躇もなかった。
その性格も相まってか、恋人であるクラウドには今までいろんなものをあげてきた。服に始まりピアス、子供達へのおもちゃやおみやげ、仕事に役に立ちそうな地図や情報、近年発売された携帯をはじめとする電化製品などなどなど。挙げ始めたら枚挙に暇がないくらいには、息をするように与えてきた。
だから毎年のこの季節、非常に困ってしょうがないのだ。去年一昨年と何とかかぶらないように誕生日プレゼントを決めてきたが、今年はそろそろネタがつき始めてきている。ああ、かわいいなあ、と思ってしまったらほいほいと動いてしまう手が、このときばかりは憎たらしくて仕方がない。
その日の仕事をなんとか終えて、迎えの車に乗り込む。ゆったりと落ち着いた車の中でもほぼ全ての道のりを彫像として過ごし、運転手に苦笑い気味で下ろされてからも顔だけは固まったまま敷地の中を歩き、そして気がついたら寝室の前まで来ていた。結局今日も何も決まらずじまいだったと大きな溜め息を吐いて扉を開ける。
一週間前までは正直余裕ぶっこいていた。その時の自分を殴りたくてしょうがない。
おそらくクラウドは何をあげても喜んでくれるだろう。実際、今までの誕生日プレゼントやリーブが日頃与えてきたものだって、クラウドはこちらが恐縮するほどにたいそう喜んでくれた。だからきっと、リーブが「これがプレゼントだ」と決めてしまえば終わりなのだが、そんなおざなりの贈り物を誕生日のそれにしてしまうなんてことは、絶対にやりたくなかった。
家の鍵を定位置に置いて、ネクタイをゆるめながらとぼとぼと部屋に入る。なんとかして明日にはまとめてしまわなければならないと暗い気持ちを抱えながら、リーブは手探りで明かりのスイッチを入れた。
やや間をおいて部屋が明るくなる。
そして、部屋の灯りと連動するように、リーブの心もすぐに明るくなり、そして彫像のまま一生動かないんじゃないかと思われた表情が一気に柔らかくなった。
「——クラウドさん」
少しばかり柔らかめのため息と一緒に吐き出されたのは、ベッドの上で体を丸めて眠るクラウドだった。ローブを着ているが髪がすっかり乾いてしまっていることからして、おそらくはずっと前からここで待っていてくれたのだろう。
「お布団かけないと風邪引きますよ」
「……ん」
「お布団」
「……ふとん」
——ああだめだ、この時点でとてもかわいい。
眠気に負けて舌っ足らずになってしまっているクラウドの頭を撫でてやり、体の下に敷いてしまっている布団をくいくいと引っ張ってみせる。それでリーブの意図を理解したのか、クラウドはのろのろと体を起こすと、自分で布団をかぶりだした。
「いい子ですねえ」
もう一度金髪に指を埋めよしよしと撫でてやると、若干眠気で不機嫌になっていたクラウドの表情が、途端柔らかいものに戻った。
「……リーブ」
「解ってます、早く戻ってきますから。寝ててもいいですよ」
「んん……」
おそらくこれは、寝たくないけどもう相当に眠いから早くしろ、という意味だろう。リーブはわかりました、と返事をすると、そそくさと寝室を後にし、浴室へと向かった。
***
戻ってきた頃には、クラウドはほとんど眠気に負けてしまっていた。
それもそうだろう、もとよりあまり夜は強くなかった彼が、日付が変わる間際まで起きてくれていたことが奇跡だったのだ。おまたせしましたと小さく告げて布団の中に入っても、クラウドはちょっとだけ、返事とも寝言ともつかない声を出しただけで、言葉らしい言葉は何も言わなかった。だが、目だけは必死に開けようとしているのか、半分以上閉じてしまってはまた開く、ということを繰り返している。
「かわいい人ですね、ほんと」
「……んん」
きっと疲れているのだろう。いろいろしたいことはあったが、今日はおとなしくすることにしよう——と、リーブはそのあたたかい体を抱き込み、明かりを落とす。
だいぶインフラが整い始めてきたとはいえ、遠い街と街を結ぶクラウドの仕事は未だに依頼が多く、大いに繁盛していると聞く。なんでも運べるわけじゃないと言ってるんだが――といつぞやの食事で言われたが、それは運べるものであればどんな場所でも届けてくれる、という評判につながっていることを、リーブは知っていた。それこそ、北の果てから南の島まで、どんなモンスターが途中に居ようとも、星を救った英雄の前には少し大きくて動く石ころにしかなり得ない。
そんな星の隅々まで駆け抜けるクラウドが、この腕の中で穏やかな寝息をたてて無防備な姿をさらしていることに、リーブはこれ以上ない幸福をおぼえる。そして、眠気という人がもっとも抗い難い本能を必死で抑えながらリーブを待ってくれていたということについても、思わず頰が緩んでしまうほどの愛しさを感じてやまない。
「クラウドさん、もう寝ちゃって大丈夫ですよ」
「……ねない」
「どうして?」
「……はなしたい」
——さらにこれだ。この子は私をどうにかしてしまうつもりなのだろうか。
たまらんなあと口走りながら、リーブはその美しい目頭に唇を寄せる。自分では生み出せない幸福というものを、無邪気に、そして本人にとっては無意識のうちに与えてくれる唯一無二の存在。それがリーブにとってのクラウドだった。
「お話ししたいんですか? そうですね、じゃあ——」
そしてこういう時、リーブはひたすらにクラウドを甘やかすことにしていた。こんなささやかなお願いですら、昼日中の起きている時のクラウドはそうそうしてくれないのだ。
「——ああ、そうだ。クラウドさん、そろそろ誕生日でしょ。何かほしいものありますか?」
さらにこういう時に話したことを、たいていクラウドは覚えていない。この機会をみすみす逃すリーブではなかった。
「たんじょうび」
「そう、誕生日。去年は確かグローブだったでしょ。それ以外で欲しいもの、ありますか」
「……」
クラウドが一瞬だけ口を閉じた。
「……なんでも、いいのか」
「ええ、なんでも。私が用意できるものなら、ですけど」
さすがに世界の半分とかは無理ですよ、と笑いながらその頬に手を添える。相変わらず弾力のいい頬をむにむにと摘みながらその返答を待っていたら、ほんの少し薄桃に色づいた唇が動いた。
「……リーブ」
「はい」
「リーブ」
「はい? ……はい!?」
意図を察した二度目の返事は自分でも驚くほど素っ頓狂な声だった。
「ぼ、ボクですかクラウドさん」
「……リーブがほしい……」
その一言が、どうもクラウドの最後の気力を振り絞ったものだったらしい。それまでなんとか持ち上がっていた瞼は、強烈な一言の後ぴくりとも動かなくなった。
これはもしや、もしかするとそういうことなのだろうか。確かに今までたくさんそういうこともしてきたし、そういうつもりだとも思っていたが、自分の肩書きや相手のことを考えすぎてどうも踏み込めず、半同棲に近い状態に落ち着いてしまっていた。いずれは身を固めたいと思っていたのは間違いないし、そのときはなんとしても自分から行動を起こしたいと思っていたが、まさか先を越されるとは。
いや、たとえ眉目秀麗で立てば妖精座れば人形、ドレスを着ればセイレーンと見まごう容姿だからと言って、クラウドも実際男なのである。こういう可能性だって考慮しておくべきだった——というのはさておいて、リーブの脳内はあっという間に、次の『計画』へと切り替わっていく。
残された時間はほんのわずかだが、最終的な目的が定まっているとなるとむしろちょうどいいと言うべきだろう。あんな衝撃的な一言をもらってしまっては睡眠どころではないので、風呂上がりとクラウドの体温でほどよくやってきていた眠気もどこかにふっとんでしまった。それにミッドガルを建設したときはもっとキツい納期だったのだ、そのときに比べて今の自分はツテも金もある。
リーブはクラウドを抱きしめたまま、ベッドサイドに置いた端末を一瞥する。たったそれだけでディスプレイがともり、暗い部屋をやわらかく引き裂く。
「さてさて、忙しくなりますねえ」
思いつく限りのプランを端末に直接流し込みながら、リーブはすやすやと無邪気に眠るクラウドを、またきつく抱きしめた。
——その週末、新興都市エッジの食堂兼バーから、顔を真っ赤にして飛び出すことになろうとは、このときのクラウドはそれこそ夢にも思っていなかった。