二日目

エフェメラル・ホリデイ (2) / レノクラ / pixiv

「なるほど、それでですか」
「WRO絡みの捜索は、WROがまとめてるんだろ。コルネオの所にあったらまとめるもなにもないからな」
「正直、こちらもちょっと困っていたんですよ。掲示板に貼っていた写真が無くなっていると聞いたもので、何か手だてがないかと考えていたところです。ありがとうございます」
「ほんま助かるわー」
 WRO本社ビル、その最も奥まった場所にある局長室。
 クラウドは、前日コルネオから巻き上げた写真を、リーブとその机にいたケット・シーに見せていた。昨日のうちにメールを入れていたのが幸いしたらしく、朝一番に面会可の返信があり、なんとかその日のうちに捕まえることができたのだ。
 机の上で一枚一枚手にとっては本体と一緒に眺めていたケット・シーが、ふむむ、とその口ひげを撫でる。
「えらい集めましたなあ、コルネオのおっさんも」
「戦死者が一番多かったのがスラムですから」
「どおりで多いわけだ。……最初に、スラム近辺だけだと聞いた時は疑ってしまったが」
「案外、嘘は言っていないのかもしれませんね」
 そして、とリーブは写真の脇に置いていた、あの安っぽいバインダーも手に取る。
「こちらも嘘ではないかもしれません。クラウドさんがいらっしゃる少し前に、コルネオから連絡がありました」
「本当に連絡したんだな……」
「なんやえらいまじめでしたよ。まさにドン、って感じの」
「今回は神羅にも協力を仰ぐ予定です。あちらのほうが詳しいですから」
「人手も足りんー言うてきたら貸し出すつもりや。クラウドはん、あんたの手も借りることになるかもしれんけど、そん時は頼むわ」
「リーブの頼みならいつでも。……指揮官役以外は」
 あ、まだ嫌なんですかと意外そうな返事をされ、クラウドはやっぱりなと眉を寄せた。
 ——このWRO局長は、さすが神羅の重役だっただけはあり、伝手という伝手をうまく使ってくる。今の本業である配達の依頼ならまだしも、こういった治安維持に関する話も、たまに持ち掛けてくるのだ。それも、一人ではなく、部隊を率いるような大仕事を。
 そういった適性は自分にはないとずっと言い続けているのだが、この中年は「いやあー訓練記録を拝見しましてね」とか「ちゃんとリーダー研修も受けてらっしゃるじゃないですか」とか、神羅兵時代の記録も持ち出してくるから油断がならない。いったいどこからそんな記録を引っ張り出してくるんだろうかと、常々話に出るたび聞いているのだが、毎度毎度はぐらかされてしまう。
「皆さんも結構リクエストくれるんですよ。少なくとも、一号機や二号機が取った記録だと、大丈夫だと思うんですけどねえ」
「俺が大丈夫じゃない。それにあの時は少人数だった」
「そうですか……それは残念です。模擬戦闘で手を打ちましょう」
「何の手だ、というか、何の話だそれは」
「気にせんといてー」
 気になる。
 だがこれ以上追いすがっても、この一人と一台は口を割らないということは経験上解っていたため、深追いはしない。クラウドはぐっと口を噤んだ。
「何か進展があったら、ご連絡します」
「忙しいのに、悪いな」
「いえ、とんでもない。ああそうだクラウドさん、この後お食事でもいかがですか? 久々に」
「……誘いは嬉しいんだが、この後店に戻る予定なんだ。デンゼルとマリンが待ってる」
「家族サービス?」
 うん、と頷いて座り心地の良いソファーから立ち上がると、ケット・シーがちょんちょんと本体の肩を叩いた。
「せやったらほれ、アレ渡さんと」
「アレ? ああ、アレですね。忘れるところでした」
 本人同士で記憶は共有していないのだろうか、それともイメージを重視した演出なのだろうか。クラウドが首を傾げている間、「ちょっと待ってて下さいね」と席を立ったリーブは、デスクの下から小ぶりのクーラーボックスを引きずり出し、どんと置いた。
「明日にでもお願いしようと思っていたんですが、ちょうど良かった」
「これ、ティファはんに渡して下さい。頼まれてたお酒ですわ。あ、緩衝材はきちーんと入ってますんで」
 つまりこれごと持って行けと言うことだろう。わかったと頷き、それなりに重たいボックスを持ち上げる。
「配達分の料金は後で振り込みますから」
「いや、別にいい。こっちも時間をとってもらったし、サービスだ」
「ホンマ? おおきに!」
 パタパタと一生懸命両手を振るケット・シーの頭を撫でて、本体には「それじゃ」と軽く手を振る。
「お気をつけて。皆さんによろしくお伝え下さい」
「ああ」
 ご利用ありがとうございましたと最後に付け加えたら、実に愉快そうな笑声とともに、「今後ともよろしゅうにー」という陽気な猫の声が返ってきた。

***

 何とか夕食前と言っていい時間に戻ったところ、店には見知った顔がいた。
「エヴァン」
「久し振り! 元気にしてたか?」
「お邪魔してまーす」
「お兄ちゃんこんばんは!」
「ああ、こんばんは」
 いつぞやからよく店に来るようになった、探偵をやっているというエヴァンと、その家族達だ。いつものジャケットを着た、淡い金髪のエヴァンは、心なしか顔が赤いところを見るともうすでに何杯か飲んでいるらしい。その隣ではにこにこと、彼の弟分であるビッツとキリエが手を振っている。キリエの方は、いつも下ろしている黒髪を一本に結っていた。
「来てたのか」
「うん。ここのご飯とお酒が恋しくなっちゃって」
「最近忙しかったのがようやくひと段落してさ。一息つけにきた」
「そうか」
 存分についていけと言い、クラウドは肩にかけていたクーラーボックスをカウンターの隅に置く。
 夕食時はあるが、他に客はいない。そのせいか、店の中には夜にしては珍しくゆったりとした空気が流れていた。来ているのも常連であるせいか、いつもよりだいぶゆっくりと皿を洗っているティファに声をかける。
「ティファ、ただいま」
「おかえり。あれ、それ、どうしたの?」
「リーブから、頼まれていた酒だそうだ」
 途端にティファの顔が輝いた。最近わかってきたことではあるが、ティファがこういう顔をする酒や食料は、実に美味しいがなかなか手に入らないものなのだ。
「もう手に入っちゃったの!? やっぱりすごいわ、うん、すごい!」
「俺を褒めてるように聞こえる」
「あっうん、後でケット、じゃなかった、リーブに電話する!」
 ほくほくという効果音が全身から漏れ出そうなくらいに嬉しそうなティファは、クーラーボックスの蓋をパチンパチンと開けると、また「きゃー」と黄色い悲鳴を上げた。中身はどうやら、彼女が考えていた通りのものだったらしい。少し古ぼけてはいるが、伝統を感じさせるデザインのラベルが貼られている酒瓶を次々と取り出すと、カウンター奥の空いているスペース――それも落下防止のバーがある部分に置いていく。余程貴重なものらしい。
「ティファー、どうしたのー?」
 その声を聞きつけて、二階から軽い足音が聞こえてきた。とたとたと下りてきたのはデンゼルとマリンだ。
「二人とも、ただいま」
「あっクラウドおかえりー!」
「お帰り! お仕事どうだった? モンスター倒した?」
「後で話すから、ちょっと待った」
 さすがに埃まみれの服では食卓に着きたくない。酒瓶に頬ずりしているティファに「着替えてくる」と言い、腰のあたりにぼふーと突っ込んできたデンゼルとマリンをそれぞれ撫でて、クラウドは自室に退散した。仕事用の荷物と携帯、首にひっかけていたゴーグルを机の上に置き、洗濯物を軽く分けてから、部屋着を出して着替える。
 客は顔見知り以外いないとは言え、気が抜けすぎた格好はできないから、無難に黒いワイシャツとジーンズを選んで手早く着た。再び店に戻ると、丁度ティファが店の外に「準備中」の札を下げているところだった。もう今日は閉めるのか、と言うと、うんとまだ緩んだ顔の首肯が返ってくる。
「今日はずっと暇だったのよ。これからお客さん、来そうにないし。みんなでゆっくり晩御飯食べましょ」
 カウンターで飲んでいたエヴァン達は、既に真ん中の大きなテーブルに移動している。デンゼルとマリンは一緒になって、皿や料理を運んでいた。
「賑やかな晩御飯になりそうだな」
「たまにはいいでしょ。傷心のクラウドくんには元気を出してもらわないとね」
「傷心?」
 なんだそれ、と幼馴染を見返したら、彼女は茶目っ気たっぷりのウインクを一つよこしてきた。それでもすぐに察しはつかなかったが、ややあって、ああ、と思い当たった。昨日のことを言っているのだろう。
「別にそこまで落ち込んでないよ」
「ふーん、じゃ、そういうことにしておきましょうか」
「……」
 本当にこの武闘派幼馴染は、とクラウドは心中で苦笑いした。反論しようとしたが、その前に配膳を終えてしまったデンゼルとマリンにぐいぐいと手を引かれ、結局できずじまいのまま、いつもより数段賑やかな笑い声に溢れる食卓についた。

***

 エヴァンがちびちびと酒を飲みながら「なあなあ」と話しかけてきたのは、だいぶ彼が出来上がった後だった。
「なんだ」
 食器を洗い終わり、結局泊まることになったビッツをデンゼルとマリンと一緒に部屋に連れて行き戻ったクラウドは、エヴァンに袖を引っ張られそのまま座席にすとんと収まった。
「大丈夫か?」
「あのさ、あんた運び屋だろ?」
 人の話を聞いていない。ちょっと危ないかもしれないな、と思いながらも、素直にその話を聞いてやる。酔っ払いの対処については、バレットやレノでだいぶ経験は積んでいるし、ティファとキリエというプロフェッショナルがカウンターで女子会をしているから、何かあったら頼ろう、と決めた。
「色んなものを、色んなところに運んでるんだよな」
「まあ、そうだな」
「じゃあ、これ、何だか知ってるか?」
 僅かに覚束ない手でエヴァンが内ポケットから取り出したのは、透明なビニールの包みに入った、これまた淡く透き通った緑色のキャンディだ。きっと口に入れた途端、人工物そのものの味がしそうな色合いである。
「……? 飴か何かか、これ」
「そうなんだけど、そうじゃない」
「そうじゃない?」
「出回ってるんだ、巷でね」
 その言い方から、どうもこれはただの飴玉ではないらしいということが何となくわかった。じゃあ何だこれ、と飴玉を指先でつつくと、殆ど机に突っ伏したエヴァンが、少々酔っ払いの戯言では看過しがたいことを口に出した。
「ライフストリームを覗ける魔法のキャンディなんだって」
 クラウドの眉が思わず寄った。カウンターできゃいきゃいと楽しそうに話していたティファとキリエにもその言葉が聞こえたらしく、話をやめてこちらのテーブルに移ってくる。
「嫌なインチキね、それ」
 テーブルに戻ってくるなり、ティファが放った第一声はそれだった。クラウドも同感だと頷く。
「ライフストリームを読めるのは古代種だけだ。読めるように……聞こえるようにするなんて、聞いたことがない」
「古代種のこと、もう知ってたの?」
「色々あってね」
「ま、知ってるならいいや。おれ達、探偵やってるのは知ってるよな。最近、そのキャンディのせいで困ってるんだ」
 エヴァンが語るところによると、どうもこのキャンディは、ライフストリームを覗くことで死んだ人間と会えるということを売りにしているらしい。体質にに依るのか効果はまちまちだが、人によっては家族の幻まで見えるという。
「本当に死んだ人の幻を見せるなら、本物かもって思ったんだけどね。この前の人は、生きてる家族の幻を見ちゃって、『もう探さなくていい』って言い出したの」
「あの後、おれ達がその人を見つけなかったら、どうなってたか」
 相当たちが悪いもののようだ、とクラウドはティファに視線を遣ると、彼女も同じことを考えていたらしい。テーブルの上で怪訝な視線がかち合った。
「こっちの仕事にも関係してくるし、どこが出してるのか突き止めようと思ってるんだけど。運んだことない?」
「……ないな。そもそも客の荷物は見ないんだ。それに今は殆ど知り合いが相手だし」
「そうだよな……そもそも荷物の中身を言って素直に預けるような、馬鹿な奴が作ってるとも思えないしなあ」
 ちょっといいか、と断ってクラウドはそのキャンディを摘んだ。照明を透かし見ても何がわかるわけでもない、ただのキャンディに見える。だが、試しに食べてみようという気にもならない。体質上、きっと悪い方向に行くに違いないと解っているからだ。こういうったものは自分の体で試すよりも、然るべきところで見てもらったほうがいい。
「またリーブの所に行ってみるか」
「私も、ちょっとお客さんに話聞いてみるよ。……そういえばさ、クラウド。何で今日リーブの所に行ってきたの?」
「コルネオのお使いで、ちょっと」
 その一言を言った途端、一気にティファの笑顔の温度が下がった。いったい何をしてきたの、と言いたげな目線が、クラウドに刺さる。ついでにキリエとエヴァンの目線も刺さってきたので、大人しく諸手を上げて喋ることにした。他に喋るなとも言われていない。
「最近、スラムで妙な組織が動いているらしい。その調査と、必要に応じて対処をしてくれるように、WROに根回しを頼まれた」
「え、クラウドWROに知り合いいるのか?」
「一応な」
「どんな組織?」
「長居したくなくて詳しくは聞いてない」
「わかる」
 うんうんとエヴァンが頷く。そういえばこいつもあの部屋に入ったことがあるんだな、と思い出したが、今はその話ではない。
「昨日の夜、配達が終わった時に頼まれて、それで今日寄ってきたんだ。コルネオの話じゃ、今までにない商品を主力にしているらしいが、その正体が掴めていない。庭を荒らされて困るから、と」
「ドンらしいこともしてるのね、アイツ」
「んー……もしかしたら、それ、関係してるかもしれないんじゃないか?」
 頬杖をついていたエヴァンが、眠そうに目をしぱしぱとさせながら呟いた。何故、と問うと彼は肩をすくめる。
「誰が売ってるのか解らないキャンディと、何を売って稼いでいるのか解らない奴ら。くっつけてみたらくっつきそうだろ」
「確かに、って言いたいところだけど、あなたもだいぶ酔っぱらってきてるわよ」
「そう?」
 うん、とその場にいた誰もが頷いた。
「しょうがない、運ぶか。立てないだろ」
「立てるって」
「はいはい、後は配達のプロに頼みますからねー」
「酔っ払いは特別料金だからな」
「割り増しね、割り増し」
 クラウドは座席からエヴァンを引きずり出すと、よっこらせ、と完全に肩に担いだ。自力で立ってもらうよりはこちらのほうが運びやすい。おれは荷物じゃない、といった抗議をわかったわかったと受け流し、クラウドはとんとんとリズミカルに階段を上がる。
 その手の中には、淡く緑色に透き通ったキャンディが握られていた。

三度の飯が好き

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