[2018/07/09]バレクラ

幻獣王と魔力供給 / バレクラ / 文庫ページメーカー

 ——授乳にしか見えない。
 バレットは漠然とそう思った。もちろん口に出すと変な目で見られるのでただ思っているだけだが、目の前の光景はまさにそれだった。腕に抱いているのが白銀色の六枚羽根を畳んだバハムートの最上種であるのと、あげているものが母乳ではなく魔力であるのと、そして何よりあげている人間がクラウドであるという違いはあるが、端から見ればそれは授乳と言っても差し支えなかった。
「飲んだか? お腹一杯だな?」
「ゴゥ」
「よし。やっぱり零式はお兄ちゃんだけあって優等生だな」
 零式の口に咥えさせていた人差し指を抜くと、その先には僅かな切り傷が見える。そこから垂れる血をシーツへ落とさないように気をつけながら、クラウドがそれまで抱えていた零式を床に下ろす。そして、バレットに向けて腕を差し出してきた。
「バレット、次」
「おう。——おわわちょっと待て、順番、順番だって」
 とたんに暴れ始める残り二頭をとっさに抑える。クラウドは苦笑いしながら、「じゃあ改な」と赤い竜を抱えた。黙っていないのは黒い方だ。一瞬黙ってはいたものの、すぐさまバレットの腕の中でばっさばっさと暴れ始める。
「だぁー落ち着けってば」
「ギャウギャウギャウ!!」
 抗議しているつもりなのだろうか、黒い方は既にクラウドの腕の中でくつろいでいる改に向かって吠え始めた。お前は犬か、普段召喚した時のあの威厳はどこに行ったんだと抱え直すが、翼が邪魔をしてなかなか抑え込めない。
 すると、指先の具合を見ていたクラウドがピシャリと言った。
「黒は昨日先だったろ。だから今日は改だ」
「ギャーイ……」
「わかったら返事」
「……ギャウ」
「よし」
 黒い方が大人しくなったのを確認すると、クラウドは今か今かと待ち受ける改にその指を含ませる。黒い方はクラウドに叱られるのが嫌なのか、一応先程のように騒がしくはしていないが、それでも腹立たしいと言った様子で、ふん、ふんとかなり拗ねた鼻息を漏らしていた。
「父ちゃんのじゃダメか」
 ふと思い立ってちょいちょいと口元に指を運んでみたが、黒い方はじっとバレットの顔を見上げた後、ぷいとそっぽを向いてしまった。一体何が違うというのかと少し悲しくなったが、頻繁に召喚している人間とそうでない人間とでは、やはり慣れ方が違うのかもしれない。
 やがて改も満足し、今度はクラウドの腕に黒い方が抱えられる。両方の前腕でクラウドの手を掴んで一心不乱に指を食む様子は、先ほどまで暴れていたそれとはまるで違う、母親に身を委ねる子供そのものだ。
「はい、終わり」
「ギャッ」
「ダメだ。いいから寝ろ。また昼出るつもりなら夜は戻る。わかったな」
「ギャウーゥゥ」
「ギュイギュイ」
 また何事か騒ぎ始めた二頭だったが、待機していた零式の「ゴァッ!!」という凄みのある一声に一気に大人しくなった。ブスブス言っているようではあったが、やがては薄く、霞のように消えていく。
「やれやれ」
「おう、お疲れさん」
 肩から力を抜くクラウドの指を取り、バレットはその傷を検分する。特に歯も立てられなかったのだろう、すぐに塞がる程度の傷だ。これなら特にポーションも使わなくていいだろうと思ったが、不意に思い立ち唇を寄せた。軽く二、三度音を立てて啄むと、擽ったい、という抗議が聞こえる。
「なんだよ、あんたもか」
「そうだな、オレも欲しくなった。……お前もあいつらに飲ませた分補給しなきゃな」
 そのまま優しく二の腕を掴み、ゆっくりとベッドに押し倒すと、蒼の瞳が微かに笑う。
「キツかったら言えよ」
「大丈夫」
 たくさん頂戴という刺激的な一言に答える代わりに、バレットは誘うように開いた唇を己のそれで塞いだ。

三度の飯が好き

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