クラウドちゃんをくすぐって起こすバレットさん / バレクラ / 文庫ページメーカー
ぱっと目を開けたら白いうなじが目の前にある。
少し前までは柄にもなくそれにどぎまぎとしてしまったバレットだったが、今はもう生活の一部、見慣れた光景である。ただなんの情動も浮かばなくなったかと言えばそうではなく、日に日に朝目を覚ました後の心が満たされるような感覚は増してきていた。
ふわふわと、まるでチョコボの尻尾のような癖がついている後ろ頭に顔を埋める。宿屋のシャンプーに混じりクラウドのにおいがして、昨日の情事を思い出しかけたが、今は朝だと己を律するのにも慣れたものだ。最初こそは抑えがきかなくてそのまま、ということもあったが、数度怒られてからだいぶマシになった。
においを堪能したら今度はさわり心地である。バレットのお下がりの下に潜り込んでいた手のひらを、ゆっくり、かつ優しく動かす。上半身に比べたら大分締まっている、むしろ細いとすら言える滑らかな下腹部を満遍なく撫で、さすり、筋肉の凹凸を楽しみながら臍のまわりを指で少しだけ押してやれば、ここで初めてクラウドがほんの少しだけ反応した。
「んっ、……ふふ」
ただ起きるまでには至らなかった。僅かに声を漏らし、バレットの左手を緩く抱えたあと、また再び穏やかな深い呼吸が戻ってくる。
前までは触られようものならすぐさま目を覚ましていたのに、バレットとこういう関係になってからは典型的な熟睡型になった。それがまるで、自分にだけ心を許しているように思えて頬が自然と緩んでしまう。
こみ上げてくる愛しさに任せて剥き出しの項に唇を寄せる。何度か音を立ててついばみ、また金髪のもふもふを楽しんだあと、バレットはようやく起こしにかかった。
最初は軽く、だんだん強く。くびれと言っても過言ではない脇腹を、指先でこしょこしょと弄ぶ。
「っ……んん、……」
僅かに身じろぎが大きくなった。もう一押しとばかりに今度はその手を背中の、四足の獣であればちょうど尻尾が生えているところであろう部分にもっていき、何の出し惜しみもなくくすぐってやったら、ようやくはっきりとした笑い声とともにクラウドが身をよじった。
「やめっ、やめろってバレットっふふあははは」
「起きるまでやめねえぞお」
「おきる、起きるからやだってやめろって」
ころころと笑いながら、クラウドの体がこちらを向く。はっきりと覚醒した青い瞳がバレットの目をとらえたところで、くすぐる手を止めてやった。
「起きたか?」
「起きたよ」
「ん、ほら」
「ん」
とんとんと自分の口を指で叩くと、クラウドは目を閉じ、自ら顔を近づけてくる。唇を軽く触れ合わせるだけのキスをし、そして互いが離れた頃には、クラウドの顔にははにかみが滲む笑顔が浮かんでいた。
「……おはよう」
「おう、おはようさん。先に顔洗ってこいよ」
「わかった」
相変わらず可愛いな——なんて自分に似合わないせりふを当たり障りのない言葉に替えると、クラウドは先ほどの熟睡っぷりはどこへやらすっと体を起こし、スリッパをつっかけて備え付けの洗面台に行く。
笑い声で始まる一日とは何とも良いものだ。少し前までは笑うことすらできなかったというのに、今ではバレットの前で沢山笑ってくれるようになった。これまで笑えなかった分を取り戻すかのように。
「……はあくそ、可愛いなあ」
ついに我慢しきれなかった一言が口からぽろりと転がり出る。ただ、幸いにして向こうには聞こえなかったらしい。ただ、じんわりと広がる小っ恥ずかしさにいても立ってもいられず、バレットもまた腰を上げ、洗面台へとむかう。
——そこからまた、実に楽しそうな笑い声が聞こえだしたのは、それから三分も経たないうちのことだった。