ふらふらするクラウドちゃんを独占したいバッツ君 / バツクラ / 文庫ページメーカー
「おれだけでいいだろ」
うとうとしていた所に飛び込んできた一言で、まさに眠気の中に引きずり込まれようとしていた意識がふわりと呼び戻された。うっすら目を開けてみれば、まだ起きていたらしい灰色の瞳が視界に飛び込んでくる。
「なに?」
「えっちするの、おれだけでよくないかって」
ああそうつながるのか。
それまで意味をなしていなかった言葉をようやく理解したクラウドは、あふ、と眠気をあくびに変えて逃がしてやる。
確かに、性欲処理の名目で、クラウドは結構な人数の男と体を重ねてきた。複数相手にしたことだってある。バッツはそれがきっと気に食わないのだろう、とクラウドは漠然と思った。バッツはセックスをするとき必ず二人きりになりたがったし、複数でしようという話も持ってきたことはなかったからだ。
そしてその予想は合っていたようだった。
「誰とも決まった相手ってわけじゃないし」
「うん」
「つきあってる奴もいないだろ」
「いない」
「それに、おれが一番相性良いって言ってたし」
「うん、まあ、確かにな」
じゃあ、おれでいいだろ。
伺うようなキスとは裏腹な強気の一言に、クラウドはぱちくりと瞬きをした。
「……それは、あんたと、付き合えってことか?」
「体だけでもいいけど、付き合うのが一番いい。……と、おれは思ってる。何よりおれ、おまえのこと好きだしさ。おまえはおまえで、えっちがめんどくさいとき断るのにいいだろ」
「それは」
結構助かるかもしれない——とクラウドは思った。気分じゃないときに言い寄られると、断るのに結構苦労するのだ。かといって、別の人間とすると言ったらそれはそれで面倒になる。そんなときに恋人の存在は大きい。
「……でも、あんたはそれでいいのか」
「うーん、そういわれると複雑だけどさ。でもおれ以外と寝ないってんなら、まあいいかな」
「物好きな奴だな」
「だろ? 結構優良物件だぜ、おれ。自分で言うのもなんだけど」
それまで珍しくまじめだった顔が、一瞬で太陽のような明るい笑顔になった。いい笑顔だ。クラウドの心のどこかが切なく締め付けられるくらいには。
「……確かにそれはいいかもな」
「まじで?」
「俺があんただけのものになったら、あんたは俺だけのものになってくれるのか」
「当然」
「……そうか」
「えっ、なに、不安か?」
不安じゃない、とクラウドは首を振った。バッツはわざと嘘を吐くようなことはしないし、ふらふらしているように見えて一度自分で決めたらきっちり守り通してくれる男だ(と、思っている)。だから、彼自身がどうこうということは心配していない。
「じゃあなんだよ」
「……たぶんあんたは、世界が放っておかない」
たまにいるのだ、そういう人間が。一種のカリスマ性とも言うべきか、世界に選ばれ、愛される人間とでも言うのだろうか。人一人が何とか独占しようとしても、星や世界に持って行かれる。
だからきっと、バッツもクラウドの前から居なくなる。
「——なんだ、そんなことか」
だがバッツはあっけらかんとそう答えた。
「そんなの全然心配しなくていいぞ。世界を敵に回したって、おれはおまえの隣にいる。約束だ」
「……ほんとうに、あんた、物好きだなあ」
「いい男だろ?」
「自分で言うなよ」
クラウドは、バッツの唇に軽く自分のそれを寄せる。
「これからよろしく」
「おう! 幸せにしてやる!」
一瞬だけきょとんとしたバッツの表情が、みるみるうちに明るくなった。今まで見た中で一番の笑顔に心が締め付けられる間もなく、意外と逞しい腕にぎゅっと抱き締められる。
「わ」
「たくさんえっちしようぜ。おれじゃなきゃ満足できない体にしてやるよ」
「あんたな、もう少し言葉選べよ……」
クラウドもまた、バッツの体に腕を回す。
ためらいがちに伸ばされた手が触れた背中は、思っていたよりも広かった。