[2018/10/03]バツクラ

飛びつくバッツ君 / バツクラ / 文庫ページメーカー

 いつものふわふわ後ろ頭が見えたので、全速力でダッシュしてそのまま飛びついた。別に筋骨隆々というわけでもないのに、速度に乗ったバッツの体重を受けても特に体勢を崩すことなく受け止めてくれた背中は、しばらくしてから「なんだ」と声を出す。
「いきなり飛びついてくるなよ」
「だってクラウドが見えたからさあ」
 チョコボのお尻に見えなくもない後ろ頭に顔を埋めてその感触を楽しむ。もしかしたら金髪は他の色より柔らかいんじゃないかと思うくらい肌触りが良く、際限なくすりすりしそうになっていたら、「おい」という不機嫌な声と共に、軽く額を押し返される。
「俺はボコじゃないぞ」
「知ってるよ、クラウドだろ」
「知っててそれか」
 呆れが滲んだ溜め息と共に、クラウドの手がバッツの尻に回される。揉むわけでも何でもなく、ずり落ちそうになっていた身体を支えるためだけに遣ってくれたらしい手は、さすがに毎日大きな得物を振り回しているだけあってか、しっかりと持ち上げてくれた。
「力持ち」
「そりゃあんたよりはな」
「それ傷つくなあ、一応おれも力持ちだぜ?」
「腕相撲で俺に勝てた試しがないのに?」
「うっ」
 ふふん、なんて得意げな鼻息が聞こえてきた。よっこいしょと抱え直され僅かに視界が上下し、より二人の身体が密着する。すぐそばには、ふわふわした金色と、透き通りそうなほどに白い頬があった。
(見た目はお人形みたいなのになあ)
 生まれながらの曇りのない金髪に、空とオーロラを一緒に混ぜ込んで宝石に固めたような瞳、そして本人曰く外を駆け回る仕事をしているというのに一向に陽に焼けようとしない白い肌は、まさしく職人が腕によりをかけて造りだした陶器の人形のようだ。それなのに、こうしてバッツが飛びついてもびくともしない。こちらから見える横顔すら微動だにしないくらいだから、本当に彼にとっては微々たる重さなのだろう。そのギャップがまた、たまならくそそられる。
「……? なんだ?」
 バッツの視線に気づいたのか、クラウドの瞳がこちらを向く。光の角度できらきらと、まるでその目そのものが生きているかのように色を変える虹彩に一瞬見蕩れる。
「バッツ?」
「ん、あー、みとれてた」
「またそういう世辞を」
「ほんとだって、というかおれはいつも本気だって!」
「はいはい、わかったわかった」
「あっおい流すなよなー!」
 くっくっとクラウドが笑い、その震えがバッツの身体に直に伝わってきた。くすぐったいようで心地良いその感覚に、バッツの頬もつられて緩む。
「なあクラウド」
「うん?」
 何も言わずとも、クラウドはバッツのしてほしいことがわかったらしい。ほんの少しだけ笑ったあとにこちらに顔を寄せ、ごくごく淡いキスをする。
「続きは夜な」
 そんなことをわざと低い声でささやいてやれば、面白いくらいに耳が紅く染まった。わかりやすくて実に可愛らしい、どこまでもいじりたくなってしまう。
「お、なに、えっちなこと想像しちゃった? 変態だなあ」
「……」
「ワォッごめんごめん悪かった悪かっああァァァ——……!!」
 だがその野望も一瞬で消えた。クラウドの前に回していた足が掴まれたと思ったら淀みのない動きで一回転、遠心力に加えて馬鹿力がバッツの身体を暖かい背中からひきはがしたと思ったら、その勢いをどう転がしたのか、バッツの身体は宙に浮いた。
「ひえ」
 胃が浮くような感覚に血の気が失せる。眼前には空、そしてひどくゆっくりにも感じられる速度で地平線が割り込み、そしてやがてきらりと光るものが映る。
 心の底から楽しそうに笑い、そして両手を広げてバッツを待っている彼は、まるで天使のようにも見えた。
「——よっと。どうだ、少しは懲りたか」
「……」
「……バッツ? おい、そんなに怖かったのか今の」
「……ちょっと、こういうのも、悪くないかもしんない……」
 その呟きを聞いた瞬間、受け止めてくれた天使がこの上ない呆れ顔を浮かべたのは言うまでもなかった。

三度の飯が好き

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