オンザのデンゼル編直後 / リブクラ / 文庫ページメーカー
リーブのために開けられたドアに「ありがとうございます」と礼を言い、よっこらせと腰を落ち着ける。開けられた時と同じく丁寧に閉められ、今度は前から外の匂いが僅かに流れ込んできたかと思うと、すぐさまエンジンに火が入った。
「本部にお願いします。あと、何か連絡ありました?」
ハンドルに添えられた白手袋に包まれた手が片方離れて、運転手の影に隠れる。再び出てきた手が持っていたのは、車を出る前に預けていったリーブの端末だった。放り投げるように寄越されたそれを受け取ると、ゆっくりと車が動き出す。
「俺が預かってるって言った途端、みんな慌てだしたぞ。あんた一体なんて言って出てきたんだ」
「そりゃ決まってますでしょ、クラウドさんとお出かけ」
「だからか……」
「助手席行って良いですか、クラウドさん」
すると、きゅっと運転手の制帽のつばを下げたクラウドは、バックミラー越しに一瞬だけ視線を寄越した後言った。
「駄目だ。なんのために俺が運転してると思ってる」
「私とドライブデートでは?」
「記憶を改変するな、それは俺の得意技だ。危ないから後ろにいてくれ」
とりつく島もない答えに、はいはいわかりましたよと唇を尖らせながら手元の端末を操作する。履歴はやはり部下や秘書官からだったが、特にしつこく何度も来ているものがない所をみると、それほどの急用でもないらしい。
「本部でいいんだな」
「オッケーです。別に寄り道してくださってもいいんですけど」
「公用車だぞこれ」
「どこに寄り道するかなんて言ってませんよ」
「……」
「あっあっすみませんすみません明後日のデート好きなとこ行きましょうね」
よし、と満足げな声が聞こえ、それきり会話が途絶える。
あらかたのメッセージや履歴を確かめたリーブは、端末を閉じるとヘッドレストからのぞく金髪をぼんやりと眺める。しばらくは、電話にも邪魔されず二人きりのままでいられそうだなんて考えつつ、ふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「……結果、聞かないんですか。デンゼル君の面接の」
そう、今日は彼の養い子をWROに採用するかしないかの判断を下す面接をする日だった。その送迎のため、かつ護衛として、クラウドについてきてもらっていたのだ。
それに、昨日までしきりに気にしていた風だったから、早く結果を知りたいだろうと思ってもいた。だから、今の今まで結果を聞いてこないのが気にかかっていた。
すると、前を向いていたバックミラーの視線が、再び一瞬だけリーブに向いた。
「まあ、あんたを見ればだいたい予想はつく」
「怒ります?」
「怒りはしないよ、怒るわけないだろ。むしろほっとした」
なめらかに手が動きウインカーを上げ、リーブにとっては惚れ惚れするような動きでハンドルが切られていく。
「母さんの気持ちが少し解ったよ。……大きくなって、それでまた入りたいって言うならそれはそれでいいが」
「そうですか」
「……何でほっとしてるんだあんた」
「いやね、クラウドさん結構親バカなところありますし、めっちゃ怒られるんとちゃうんかって思ってたもので」
すると、控えめな、しかし愉快そうな笑い声が前から流れてきた。
「バレットと一緒にするなよ」
「すみません」
再びクラウドの手が、よどみなくハンドルを操る。気がついたら市街地を抜け、荒野を走る幹線道路に差し掛かっていた。
「ありゃ、もうこんなところまで」
「空いてたからな」
「……ねえクラウドさん」
「助手席はだめだ」
こちらが何を言わずとも察してくれるようになったのは嬉しいが、最後まで言う前に却下されてしまい、リーブは肩を落とした。と同時に、タイミングを見計らったかのように懐にしまった端末が震え出す。
「はぁぁ……」
「露骨にがっかりするなよ。早く出てやれ」
「でも出たら現実になるじゃないですか」
「何訳の分からないこと言ってるんだ。怒られるのは俺かもしれないんだぞ」
リーブは渋々、その声におされて端末を取り出す。画面を見てみれば案の定、秘書官の名前が映し出されていた。
はぁもう新しいお仕事かなぁなどと呟きながら、リーブは通話ボタンを押す。
「帰ったらたくさん甘やかしてやるから」
直後、秘書官の苛立ち混じりの『もしもし』にクラウドが被せてきた一言のせいで第一声が裏返り、さらにご機嫌を損ねてしまったのはここだけの話である。