ひよこになるリーブさん / リブクラ / 文庫ページメーカー
WRO局長はまれにひよこになる。
否、断じてトードやらミニマムやらの亜種ができたわけではない。まれに——修羅場を迎えていない時期、なおかつもう一つのタイミングが重なったときに、ひよこのようになるのだ。無論それは報道陣やWROにかかわりのない一般市民には知られていない。WROに関わる人間、それも内勤の者やよほど足繁く通う出入りの業者程度にしか知られてはいないことだ。……そうだと思いたい。
「リーブ」
ため息混じりで名前を呼んだら、真後ろに文字通り張り付くようにして立っていたリーブ・トゥエスティ局長は、「はい?」とやたら耳あたりの良い声で返事をした。
「なんでしょう」
「なんでしょう、じゃない。あんたそろそろ戻った方が良いんじゃないのか」
物品リストに目を通しながら続けると、はは、と心底愉快そうな笑い声が聞こえた。
「まだ大丈夫ですよ。会議もないですし」
「会議はなくても仕事はあるだろ」
「部下が優秀なので」
「任せてきた?」
「はい。それはもう」
それはもう、なんだ。
よくわならない単語がくっついているところを見るに、このほぼ真後ろを陣取り、おそらくはにこにこと朗らかな笑顔を浮かべているであろうこの組織の最高責任者は、やたらと上機嫌なのだと察しがついた。何があったのかは知らないが、仕事となると鬼と見まごうばかりの厳しさを発揮する秘書官をその舌で丸め込める程度には気力もあり、それなりに広いWRO本部の中からクラウドを探し出して見つけ、配達のあいだじゅう後ろにくっついて回る程度には体力もひねり出せている。普段の電話越しのしんなり具合からするとこうはいかない。
きっと何かいいことでもあったのだろう。それが何かは、まるで察しがつかないが。
何を言っても離れそうにない、そう判断したクラウドは、自分よりも大きくて髭のひよこにはもう好きにさせることにした。どうせこれから回るのはWROの、一応は秘された部署だし、そこの輩はWRO設立当初から在籍しているメンツだ。気の抜けた局長の姿を見せたところで、特に何も起こるまい。それに、自分の「姿」の使い分けは本人が一番よくわかっている……はずだ。
「次行くぞ」
「はーい」
良い子の返事をする大きなひよこを連れて、クラウドは次の配達先へと向かった。