一般兵にちょっかいかけるタークス / レノクラ / 文庫ページメーカー
「ほらよ」
使いなと気まぐれで差し出したタオルハンカチに、兵舎の裏口でぼんやり空を見上げていた一般兵は一瞬きょとんとした顔をした。
「は?」
しかしすぐにうさんくさいものを見る目になった。
「は? って何だよ。口の端切れてるぞお前」
「……別にいいよ、なめれば治るし。あんたのハンカチ汚すのも嫌だし」
金髪の彼は首を振る。寒村生まれ故の白い肌に見える切り傷は、彼が言うとおり確かに舐めれば治る程度の小さいものだろう。しかし、レノの目にはそれが人に殴られた時にできるものに見えていた。
軍隊ではままあることだ。だが、さすがにお気に入りにそういった無体を働かれると少しばかり腹が立つ。
――そう、この少年兵はレノのお気に入りだった。訓練施設やらなにやらでちょいちょい見かけるようになってから、見目がえらくツボにはまるなあと思っていたのだが、偶然この兵舎の裏口、ちょうど今と同じ場所で出会って話してみたら更に気に入った。こいつは見目こそ品評会用のヒナチョコボだが、中身はとんだひねくれだ。そして、レノはそういういじり甲斐のある人間が何より好きだった。
「汚しても別に良いぞ、と。二階の売店で買ったヤツだし」
「あんたに借り作りたくない」
ほらこれだ。
粋がっているのではなく本心から言っている様子に、レノは思わず笑ってしまった。
「なんだよ」
「いや、うん、平気ならいいんだぞと。またここに居んのな」
「人がいないから」
「一匹狼か?」
わざと茶化したら、またうさんくさいものに向ける視線が刺さった。
「違うよ。慣れないんだ、人が多いの。空き時間に疲れたくなくて」
「田舎出身だもんなあオマエ」
「うるさい」
澄んだ明るい青の瞳が少し剣呑な色を帯びる。だが残念なことにあまり怖くない。
「あんたこそなんでここにいるんだ」
「そんなもん決まってるぞ、と」
「さぼり?」
「そう、――じゃない、休憩だ、休憩」
思わず出かけた本音を言い直し、レノはのしっと一般兵の隣に座る。
「スーツ汚れる」
「いいんだよ汚れても。オレの場合は汚れた方がかっこいい」
「……薄汚いおっさん……」
「オウコラなんつった?」
「なんでもない」
心底どうでも良さそうな声がして、それきり相手は黙る。レノも特に言うことはないので、黙ったまま隣に座りタバコをふかしていた。
「……あー、時間だ」
しばらくののち、声を出したのは少年兵が先だった。釣られて見てみれば、彼はすっと立ち上がり、ぱんぱんと埃を払っているところだった。
「おれ行くから」
「おー、頑張ってな」
「あんたもサボるなよ。あと吸い殻ちゃんと持って帰って」
「へいへい。いいからさっさと行けって」
「言われなくても行くよ」
軍用ブーツが砂利を踏みしめる音がリズミカルに遠ざかっていく。
「……ったくよ、せめてお疲れさまぐらい言えっての」
小さくなっていく背中を見送りながら、レノは懐から携帯用の灰皿を取り出す。
そして、真新しいレザーの蓋を開け、ぽいと吸い殻を放り込んだ。