[2019/01/30]ダイクラ

狂犬とオオカミ:クラウドちゃん視点 / ダイクラ / 文庫ページメーカー

 配達に行ったら帰りがけに追加の仕事を頼まれるというのはままあることだ。特に知り合いになったり、常連になってくれたりした客相手にはよくあることで、そんなときは余程のことがない限りは快く受けることにしていた。
 実際、この日もそうだった。ちょっと前に知り合った伝手から定期的に食料を届けるようになった村に行ったとき、少し離れた場所にある家にも届けてやってほしいと言われたのだ。いつもなら自分たちで届けてやっていたのだが、つい最近からモンスターが多くなってしまったから、というのがその理由らしい。
「二年くらい前だったかな、大怪我して流れてきてねえその人」
 別個に運ぶ物を選り分けながら、村の女性が言った。
「こりゃあ駄目かなって思ったんだけど、息を吹き返してねえ。それから村のはずれに澄んでるのさ。まだちょっと怪我が治ってないみたいだから、みんなで様子を見に行ったりしててね」
「だから医療キットが多かったのか」
「そうそう。腕っ節の強い、渋くて寡黙な人でねえ、たまにここら辺に沸いたモンスターを狩ってくれてるんで助かってたのさ。ただねえ、季節なのかねえ、最近多くなってきたもんで、病み上がりだし危ないからって控えてもらってるんだよ」
「それなら、行きがけに少し駆除した方が良さそうだな」
 最後の一つを小振りの箱に詰め、きっちりと蓋を閉めると、フェンリルの後ろに結わえ付けながらそう言ったら、彼女は「本当かい」と笑いジワを更に深くした。
「ごめんねえいつも。クラウドちゃんには助けられてばっかりだよ」
「お互い様だ。前にもらったお酒、すごく好評だったしそのお礼」
「や、そりゃうれしいね。そういうことならもう一瓶持って行くかい」
「いいいのか? ありがとう」
 交渉成立ってことで、とクラウドはフェンリルにまたがりエンジンをかける。
 気を付けてお行きよと手を振る女性に振り返すと、スロットルを開けた。

***

 不意に落下する感覚に襲われて目が覚めた。
 どうも不安定な体勢で眠っていたのが悪かったらしい。重たい体を何とか寝良いように動かそうと、ずぶずぶ眠気に沈みかける意識を叱咤し掘り起こす。
 だが、体を持ち上げようとしたその直前、今度はまた違った理由でびくんと身体が跳ねた。
「――」
 自分のものではない手が、クラウドの右手を覆うように添えられている。逞しい筋肉のついたその腕は、今までクラウドが相手をしてきたどの人間の物と違う、見覚えのないものだ。
 ひゅっと喉が鳴り、それまでほかほかと温かかった自身の身体からさっと血の気が引いていく。
 よく見てみたら、今クラウドがいるこの部屋そのものにも見覚えはない。もしかして妙なことに巻き込まれでもしたか。緊張でますます心臓の音が大きくなり、背中に密着している気配がその音で起き出してしまうのではないかと戦々恐々としながら、必死に記憶の糸をたぐり寄せる。
 ――そう、最初は確か、いつもの定期便だった。
 ただ、村の女性からいつもと違うことを言われた気がする。そうだ、確か村から少し離れたところに、モンスター討伐のついでで荷を届けてほしいと言われたのだ。頼まれたとおりに森の中の道をゆき、新鮮な肉だと勘違いして群がるモンスターたちを蹴散らしたあと、小さなコテージを見つけたのだった。
(……そうだ、いたんだ)
 そのコテージには男がいた。村の女性が言ったとおりの寡黙な年上の男だったが、クラウドはその女性の言葉を思い出すよりも、そしていつもの名乗りをするよりも先に、思わず口走っていた。
「ダイン……?」
 その後の記憶は更に輪をかけて曖昧だ。殴られたような気もするし、良いようにされた記憶もまばらにある。ただ、もやのかかったクラウドの頭の中にひときわ鮮明に刻まれているのは溺れるほどの悲しみだった。
 男の――ダインの手が口をふさいでくるよりも先に、その感情がクラウドの言葉を、抵抗する力を、そして気力を奪っていった。触れ合った肌から、混ぜ合わされる体液から、ありとあらゆる接触からそそぎ込まれる悲嘆は、クラウド自身にもひどく覚えがあったものだったからだ。
 そして今も、重ねられた手を振り払おうとする気力すら、あっさりと奪い去っていってしまった。
 ただ騒がしい鼓動を落ち着かせるため、静かに息をすることしかできないクラウドをまるで見透かしたかのように、鉄を綺麗に練り合わせたかのような力強い腕がゆっくりと動く。
「エレノア」
 ほぼ吐息と言っていい、低く重い囁きがうなじを掠めて夜気ににじむ。ただ、目を覚ましているような様子は無かった。その重たさを感じられる動きで、ごつごつとした手はクラウドの肌の感触を味わうように撫ぜたあと、胸の前に回された。
「エレノア……」
 安堵とともに吐き出された声が、もう一度クラウドの首を撫でていく。
 その太い腕から伝わってくる、ただただ静かな悲しみと遣り場のない愛情に、クラウドはじっと身体を委ねることしかできなかった。

三度の飯が好き

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です