コーヒーを淹れてくれるリーブさん / リブクラ / 文庫ページメーカー
朝起きるとまずコーヒーを淹れるのが日課になった。
ほんの少しだけ早めに起きて静かに寝床を抜け出すと、服も着ないまま夜のうちに準備をしておいたサイフォンのフラスコに水を注ぐ。わかしている間にフィルターと漏斗の準備をし、頃合いを見てフラスコに差し込んで、挽いておいた豆をふそふそと入れて待つことしばし。キッチンに広がる豊かな香りに、リーブは思わず眼を細めた。
褐色の液体がフラスコに戻ってきたところで、使い始めて久しい二つのマグカップに淹れたてのそれを注ぐと、リーブは今し方出てきたばかりの寝室へ戻っていく。
「――クラウドさん」
そして、両手に持ったマグカップをナイトテーブルへ置き、未だ夢の中の愛しい人に優しく囁きかけた。それまで安らかだった寝顔が一瞬だけくしゃっとなり、ややあってゆっくりと、星の色と空の色をきれいに混ぜ込んだかのような瞳が現れ出る。
「……ん、朝」
「ええ。おはようございます」
白く滑らかなおでこにキスを一つ落とすと、眠気を孕んだ目が気持ちよさそうに笑った。
「コーヒー飲みますよね」
「うん。ありがとう」
半身を起こした彼に、専用となってもう大分経つマグカップを渡す。落とさないようにと両手で持った彼は、ふうふうと息を吹きかけて冷ますと、ゆっくり口をつけた。いつもは男らしい所作をしているというのに、ふとした仕草がとてつもなく愛らしい。
「……おいしい。リーブのコーヒーはいつもおいしいな」
「光栄です。ブラックでいけるの、ボクのだけですもんね」
「ほかのも飲めるようになった」
「全部?」
少し意地の悪い質問に、クラウドの口がほんの少しすぼまった。ややあって、「……少し」というかすかな声が、ダークブラウンの水面を震わせる。
「それじゃ飲めるって言いませんよ」
「リーブの意地悪」
「クラウドさんだけにね」
空けてくれたスペースに自分も滑り込むと、コーヒーで温められたぬくもりがそっと寄り添ってくる。触れあった肌からじんわりと幸福感が伝わってくるようだ。
「今日の予定は?」
「クラウドさんはこれからボクと朝ご飯ですね。そのあと一緒にシャワー浴びて」
「一緒に?」
「駄目ですか?」
「……駄目じゃないけど、遅れるぞ、あんた」
伺うような上目遣いに途端昨夜の残滓が疼きかけるが必死に鎮め、リーブはそのもふもふと柔らかい金髪に唇を寄せる。
「大丈夫ですよ、今日は遅めなので」
「ふうん」
ずず、と控えめな音が聞こえた。
「それじゃ、今からシャワー浴びよう」
直後甘く静かに、それでいて確かな威力をもってたたきつけられた言葉に、今まさにリーブの喉を滑り降りようとしていたコーヒーが危うく逆流しかけた。んんっ、と濁った咳払いを幾度かしたのち、ようやく落ち着いた喉で「クラウドさん」と窘める。
「朝ご飯は良いんですか」
「あんたを朝ご飯にする。……だめか?」
「そんなことどこで覚えてきたんですか、教えた覚えはありませんよ」
「さあな、どこだろうな」
くいとコーヒーを飲み干したクラウドは、身を乗り出して空になったマグカップをナイトテーブルに置く。そのままリーブの唇に触れるだけのキスを落とすと、するりとベッドを下りて寝室を出て行ってしまう。
「待ってるよ、ハニー」
いやに挑発的な笑みとともにそんなことを言われてしまったら、さすがのリーブも動かざるを得ない。
「わかりましたよ、もう」
かなわんなあと苦笑を浮かべ、唇に残った香りを舐め取る。
ぺたぺたと先を行くスリッパの音を追いかけながら、リーブは今日も良い日になりそうだと根拠のないことを思い浮かべ、笑みをこぼした。