ねこのまんま:水が嫌いなクラウドちゃん / バツクラ / 文庫ページメーカー
猫は水が嫌いだ。
おそらく種族としての本能もあるのだろう。だがそれ以上に、猫は水というものを毛嫌いしていた。予期しない方向から水の音が聞こえてくるとどうしてもそちらを見てしまうし、飼い主が毎日毎日懲りもせずにしてくる洗顔も大嫌いだった。
一番ダメなのは雨の音だ。家の中にいても布団をかぶっていても、耳をふさいでさえ、雨音が地面や壁を叩いている音が包み込んでくるように伝わってくるから、思い出したくないことまで思い出してしまう。たまに聞こえる雷だって猫の耳にとっては大きすぎる音でうるさいし、湿気で髪がべたっとするのも気にくわない。雨のなにもかもが嫌いだった。
もう我慢がならない。
何とかして雨の音から逃げようと部屋の中をうろうろしていた猫は、今日の雨はどこに行っても逃げられないたぐいのものだと気づき、諦めて飼い主の隣にすとんと座った。
「ん、どした?」
外での仕事がフイになったとかで珍しく本などを読んでいた飼い主は、突然隣に座った猫に驚いた顔を向けた。いつも雨の日は不機嫌丸出しで布団の中に潜り込んでいたから、それも当然だろう。
「雨の日はいつもおとなしいのになあ」
撫でるぞーと一言断りが入り、机に左のほっぺを付けて飼い主からは顔を背けている猫の頭に、もふりと暖かい感触が触れた。飼い主の顔は解らないが、手の触れ方はいつも通り優しい。
「寂しくなっちまったか?」
別にそういうわけではないのだが、そういうことにしておこう。
「にゃ」
「そっかあーかわいい奴だなあおまえ」
にわかに手の動きが強くなった。放っておくと頭が爆発しそうだったので、ゆらゆらさせていた尻尾でその太股をばしんとたしなめる。
「わっと、ごめんごめん」
「うぅー」
「はいはい、直す、直すから」
遠慮のかけらもなかった手の動きがまた元に戻った。丁寧に丁寧に、かき混ぜられた髪が元の通りに梳かれていくその心地よさに、再び尻尾がゆらゆらと揺れだす。
猫は飼い主の手が好きだった。優しいのもそうだが、あたたかいし、何よりお日様の匂いがするからだ。危険なものとはほど遠い、穏やかで安心するような温度がじわじわとしみこんでくるようだった。気持ちいいからもっと撫でろの意味を込めてごろごろと喉を鳴らしたら、「お、気持ちいいか?」という上機嫌な声が聞こえてきた。
「明日は止むといいな、クラウド」
「んる」
「てるてる坊主でも作るか? ……あーでも、おまえじゃれて壊しそうだなあ」
「うぅるる」
飼い主の言葉に適当な返事をしながら、気持ちいい場所に手が来るように誘導する。水の音も湿った空気も、この温かい手に撫でられているだけでどうでもよくなってくるようだった。
猫は撫でられるがまま、大きな欠伸を一つすると、彼にしては珍しくごろごろと喉を鳴らし続けるのだった。