ほっぺにある刺青のはなし 昔のモブとの因縁について
いてっ、という自分の声で目が覚めた。
「……??」
一瞬何が何だか解らなかったが、しばらくしてピリッと走った右頬の痛みに合点がいった。ついでにいてっ、とまた声が出てしまったので、こりゃもうだめだと判断し、よっこいしょと身体を起こす。隣の布団を持って行かないように慎重にベッドを下りると、ベッド脇に転がしていたサンダルをつっかけて家を出た。
扉を開けた途端、差し込んできた月明かりと夜気に深呼吸を一つ。そして、家の前に置いてある木のベンチに腰掛ける。
ウルダハの夜は静かだ。周りが荒涼とした砂漠のせいか、グリダニアのように木がそよぐ音はしないし、リムサ・ロミンサのような波の音もしない。特にこの住宅地は、町中と比べて夜までやっている店がないから生活音もほとんどない。するとしても、近くの住宅に置いてある噴水や木々の控えめな音、あとはシンボルの巨大な風車が立てるゆっくりとした軋みだけだ。昼間の活気に比べてひどく静かなこの夜が、昔から好きだった。
「はーあ……」
夜のしんと冷えた空気を思いっ切り吸って吐く。そして、先程からぴりぴりと主張する右頬に軽く触れた。
ほんのりと熱を持っている部分は、鏡で見なくてもすぐわかる。
強烈に痛いわけでもない、かといって無視もできないぴりぴりと引きつるような痛みは、思い出したくもない記憶を連れてくる。真っ暗な部屋、ざらざらとした砂混じりの石の床、足の重たい金属の感触、さっき見た夢のように押さえつけてくるたくさんの手。あの時はとにかくパニックになっていたから、実際はそんなにたくさんではなかったかもしれないが、頭の中には身動きできないようにされた記憶が今でもこびりついている。
——きっとまっとうな彫り師ではなかっただろうし、しかも暴れる相手を抑えつけて彫ったとくれば、まともなものができるわけもない。幸いにして図柄は単純だったせいかまともになってくれたが、時折こうして痛みだす。しかもご丁寧に、ある程度の期間を空けて。
単純に所有印のつもりなのか、それとも自分の心臓でも刻んだつもりなのか。あの時は相手の話なんて聞く余裕がなかったし今更わかりたくもないが、頭の中に少しでも存在を残してやりたいという執念だけは理解できた。
「……そんなに俺のことが好きか」
更にもう一つ、溜息を逃がす。
毎朝自分の顔を見るたびに思い出さざるをえないのに、それでもまだ足りないらしい。思い返すたびに腹を立てた時分はもう過ぎて、もはや呆れの段階だ。熱を持つ刺青を夜気に晒して冷やしながら、丸太を削って作られた野趣あふれるベンチにごろんと横になった。
砂漠の澄んだ空気の中、宵闇を背景に広がる満天を見上げる。こういう時、壁に囲まれた部屋の中にいるとどうしても気が滅入るというのは既に学習済みだ。落ち着くまで外にいる、これが今までの生活で編み出した最善の方法だった。それに、こういったところで寝るのもキャンプのような気がして悪くない。
今度は枕でも持ってくるかななどと考えながら、風車の音に誘われてやって来た眠気に身を委ねた。